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マーク・ゲインMark Gayn1902年 - 1981年12月17日)は、アメリカ合衆国およびカナダジャーナリスト。本名はモー・ギンズバーグ(Moe Ginsburg[1]

30年間、カナダの新聞トロントスター(The Tronto Star)に勤めた[2][3]

経歴編集

マーク・J・ゲインは、ロシア帝国から移住したロシア系ユダヤ人の両親の元に、1902年に末期の中国で生まれた。ウラジオストクの学校に通った。

1930年代、中国・上海ワシントンポスト紙の特派員としてキャリアを身につけた。ほかに雑誌『Collier's』にも寄稿していた。1945年6月、太平洋問題調査会(Institute for Pacific Relations,IPR)内のアメラシア (Amerasia)の事務所で連邦捜査局(FBI)に逮捕された。しかし、その後告発はまもなく打ち切られた。ニューヨーク・タイムズは「法廷ですばやく潔白が立証された」と記している[3]

アメリカ国務省は、共産主義者の疑いがあるという理由で、ハンガリー生まれの妻のアメリカへの入国を拒否した。そのため彼はカナダに移住し、外交問題特派員として仕事を続けた。北朝鮮の独裁者金日成の圧政についての報告書を提出した。1960年代中頃に中華人民共和国への入国を許可された最初の西側のジャーナリストの一人であり、毛沢東主義者による統制に対する批判をやり遂げた。

アメリカ合衆国内では、マーク・ゲインの仕事は、ニューヨークタイムズ、ニューズウィークタイムに掲載された。

1981年12月17日、癌により死去。その時点においても、カナダのトロントスターの上級外交問題特派員であった。

確認できる範囲においてケネディ大統領暗殺事件との関わりは知られないが、劇作家のイラ・デビッド・ウッド三世(Ira David Wood 3rd)は『JFK暗殺年代記』(JFK Assassination Chronology)と題した電子書籍において、このジャーナリストはJFKに関する何らかの仕事を残しているに違いないと十分考えられると述べている。

日本との関わり編集

1945年12月から1948年5月まで日本に滞在し、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による間接的占領統治の内幕を記した『ニッポン日記』を離日後に刊行している[1]

占領時代のGHQを知る人物として、1977年に放送されたNHK特集日本の戦後』では農地改革を取り上げた第3回で証言をおこなったほか、再現ドラマでは俳優が当時のゲインに扮して登場する場面もあった。

最晩年に改めて日本についてのレポートを執筆していたが、完結を見ずに死去。その遺稿は『新ニッポン日記』としてまとめられ、刊行時の1982年3月26日にはNHK特集において「マーク・ゲイン「新ニッポン日記」~あるジャーナリストの遺稿~」と題した番組が放送されている[4]

日本語訳編集

脚注編集

  1. ^ a b ニッポン日記 - 松岡正剛の千夜千冊(第112夜)
  2. ^ Mark Gayn Dead at 72, Jewish Telegraphic Agency, Dec. 28, 1981
  3. ^ a b MARK J. GAYN, 72, JOURNALIST; SPECIALIST ON FOREIGN AFFAIRS, The New York Times, Dec. 24, 1981
  4. ^ NHK特集 放送番組全記録一覧 1981年度 - NHKは何を伝えてきたか NHK特集(日本放送協会)

関連項目編集