ユーグ1世 (ヴェルマンドワ伯)

ユーグ1世Hugues Ier de Vermandois, 1053年 - 1101年10月18日)は、フランスアンリ1世アンヌ・ド・キエフの息子で、フィリップ1世の弟。カペー家支流の1つヴェルマンドワ家の祖である。ユーグ・ル・グラン(Hugues le Grand)、ユーグ・マニュス(Hugues Magnus)とも呼ばれる。

ユーグ1世
Hugues Ier
ヴェルマンドワ伯
Hugh I of Vermandois.jpg
在位 1085年 - 1101年

出生 1053年
死去 1101年10月18日
タルスス
配偶者 アデライード・ド・ヴェルマンドワ
子女 マティルド
イザベル
ラウル1世
家名 ヴェルマンドワ家
父親 フランスアンリ1世
母親 アンヌ・ド・キエフ
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渾名であったマニュス(Magnus,大きい、年長者)は、フィリップ1世王弟であるユーグを指す古フランス語の愛称ル・メイネ(le Maisné,年少者)を中世ラテン語に誤訳したものと思われる[1]

生涯編集

フランス北東部ピカルディ地方の領主ヴェルマンドワ伯エルベール4世とアデライード・ド・ヴァロワの娘で女子相続人であったアデライード・ド・ヴェルマンドワと結婚し、ヴェルマンドワ伯およびヴァロワ伯となった。

サン=カンタンに聖ペキシンヌフランス語版を記念し、大学教会を設立した。

破門中の兄フィリップ1世に代わって第1回十字軍に出征した後、1101年の十字軍においてタルススで死去した。

子女編集

アデライード・ド・ヴェルマンドワとの間に以下の子女がいる。

  • マティルド(1080年 - 1130年) - ボージャンシー領主ラウル1世と結婚
  • イザベル(1085年 - 1131年) - 1.初代レスター伯(ムーラン伯)ロバート・ド・ボーモンと結婚、2.2代サリー伯ウィリアム・ド・ワーレンと結婚
  • ラウル1世(1085年 - 1152年) - ヴェルマンドワ伯
  • コンスタンス (1086年 - ?年) - ラ・フェルテ=ダンクール(=スー=ジュアール)領主およびモー子爵ゴドフロワと結婚、娘アード(Ade)はモー子爵シモン・ドワジーフランス語版と結婚し、ユーグ3世・ドワジーフランス語版を産んだ。
  • アニェス (1090年 - 1125年) - サヴォーナ侯ボニファーチョ・デル・ヴァストと結婚
  • アンリ (1091年 - 1130年) - ショーモン=アンベクサン領主、クシー領主トマ・ド・マルルとの戦闘中に戦死
  • シモン (1093年 - 1148年) - ノワイヨン司教
  • ギヨーム(1094年頃 - 1096年頃)
先代
ウード1世
ヴェルマンドワ伯
1085年 - 1101年
アデライード・ド・ヴェルマンドワと共治
次代
ラウル1世

出典編集

  1. ^ Ross, D. J. A.; Hill, Rosalind (1965-01). “Gesta Francorum et Aliorum Hierosolimitanorum”. The Modern Language Review 60 (1): 108. doi:10.2307/3720008. ISSN 0026-7937. https://doi.org/10.2307/3720008.