ルキウス・アウレリウス・オレステス (紀元前103年の執政官)

ルキウス・アウレリウス・オレステスラテン語: Lucius Aurelius Orestes、生没年負傷)は、紀元前2世紀後期の共和政ローマの政治家・軍人。紀元前103年執政官(コンスル)を務めた。


ルキウス・アウレリウス・オレステス
L. Aurelius L. f. L. n. Orestes
出生 不明
死没 紀元前103年
出身階級 プレブス
氏族 アウレリウス氏族
官職 法務官紀元前106年以前)
執政官紀元前103年
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出自 編集

オレステスが属するアウレリウス氏族が勃興したのは比較的遅く、紀元前3世紀の半ばになって重要な公職につくようになった(氏族で最初に執政官になったのは、紀元前252年のガイウス・アウレリウス・コッタ)。従って、紀元前2世紀にはすでに十分な財力と影響力を有していたものの、いわゆるノビレス(新貴族)とみなされていた[1]。父は同名で紀元前126年の執政官ルキウス・アウレリウス・オレステス 、祖父も同名で紀元前157年の執政官ルキウス・アウレリウス・オレステス と思われる。

経歴 編集

執政官就任前のオレステスの経歴は不明である。しかしながら、ウィッリウス法の規定から逆算して、遅くとも紀元前106年にはプラエトル(法務官)に就任したはずである。

紀元前103年に執政官に就任[2]。同僚は2年連続3回目となるガイウス・マリウスで、ユグルタ戦争の勝利ため、兵士や市民の間で人気があった[3]。マリウスは実質的にディクタトル(独裁官)に近い権力を有しており、 キンブリ族との戦いに備えて、軍制改革を進めた。一方で、執政官としてのオレステスの業績は、現存する資料には残っていない。しかしながら、任期完了前に死去したとされる[3]

脚注 編集

  1. ^ Egorov A., 2014 , p. 87.
  2. ^ Klebs E., : Aurelius 181
  3. ^ a b プルタルコス『対比列伝:マリウス』、14

参考資料 編集

古代の資料 編集

研究書 編集

  • Egorov A. "Julius Caesar. Political biography" - St. Petersburg. : Nestor-History, 2014. - 548 p. - ISBN 978-5-4469-0389-4 .
  • Klebs E., : Aurelius 181. In: Paulys Realencyclopadie der classischen Antiquity Science (RE). Volume II, 2, Stuttgart 1896, Col. 2515.

関連項目 編集

先代
ガイウス・マリウス II
ガイウス・フラウィウス・フィンブリア
執政官
同僚:ガイウス・マリウスIII
紀元前103年
次代
ガイウス・マリウス IV
クィントゥス・ルタティウス・カトゥルス