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ワカテンザン(1979年 - 没年不明)は日本競走馬である。父マイスワロー、母オキワカ。半弟に中央競馬のち笠松で活躍したワカオライデン

ワカテンザン
欧字表記 Waka Tenzan[1]
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1979年4月13日
死没 不明
マイスワロー
オキワカ
母の父 リマンド
生国 日本の旗 日本北海道早来町
生産 吉田牧場
馬主 小塚美近
調教師 戸山為夫栗東
競走成績
生涯成績 20戦3勝
獲得賞金 1億5976万3000円
 
勝ち鞍
GIII きさらぎ賞 1982年
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経歴編集

1979年4月13日生まれで父はマイスワロー。1981年11月の新馬戦で戸山為夫厩舎より小谷内秀夫を鞍上に初出走し4着に敗れるも次週の新馬戦から中京3歳Sと連勝し3戦2勝でこの年を終えた。

翌1982年はシンザン記念2着の後にきさらぎ賞を勝ち、その後スプリングSも2着として一躍クラシック戦線に名乗りを挙げるも結局これが唯一の重賞勝利であり最後の勝利となった。皐月賞アズマハンターの2着、NHK杯5着を挟み日本ダービーバンブーアトラスの2着となった。休養を挟んで秋は京都新聞杯3着、菊花賞有馬記念は何れも7着、クラシックシーズンは9戦1勝ながら春のみで3歳牡馬クラシック2つを含めた重賞2着が4度あった。

5歳となった1983年は初戦の金杯(西)で2着とするもその後は精彩を欠き、続く日経新春杯は6着、休養明けの京阪杯では3着に入るも2度目の有馬記念では5着に敗れ5戦0勝、この年は条件戦も含め1勝も出来なかった。

6歳の1984年は日経新春杯で4着、京都記念で11着となった後、5着となった鳴尾記念を最後に通算戦績20戦3勝で引退、この年は3戦0勝だった。20戦の内、5着に敗れた1983年のドパーズS以外の19戦は全て小谷内が手綱を取った。

種牡馬になってから目覚ましい活躍をした半弟のワカオライデンとは違い種牡馬としては種付け相手に恵まれず1994年3月20日に用途変更となるまでに血統登録された産駒は55頭に過ぎなかった[2]が数少ない産駒の中から上山競馬ではムラノワカテンが1989年に地方重賞である上山紅葉賞で2着、中央競馬では同じく1989年にワカノフジがシンザン記念に出走するなどした。用途変更後は消息不明。

主な戦績編集

血統表編集

ワカテンザン血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 トウルビヨン系
[§ 2]

*マイスワロー
My Swallow
1968 鹿毛
父の父
Le Levanstell
1957 鹿毛
Le Lavandou Djebel
Lavande
Stella's Sister Ballyogan
My Aid
父の母
Darrigle
1960 鹿毛
Vilmoray Vilmorin
Iverley Way
Dollar Help Falls of Clyde
Dollar Crisis

オキワカ
1972 栗毛
*リマンド
Remand
1965 栗毛
Alcide Alycidon
Chenille
Admonish Palestine
Warning
母の母
ワカクモ
1963 鹿毛
*カバーラップ二世 Cover Up
Betty Martin
*丘高 *セフト
月丘
母系(F-No.) 3号族(FN:F3) [§ 3]
5代内の近親交配 Fair Trial5×5×5=9.38% [§ 4]
出典
  1. ^ ワカテンザン 5代血統表2019年8月15日閲覧
  2. ^ ワカテンザン 5代血統表2019年8月15日閲覧
  3. ^ ワカテンザン 5代血統表2019年8月15日閲覧
  4. ^ ワカテンザン 5代血統表2019年8月15日閲覧

出典編集

  1. ^ ワカテンザン|JBISサーチ(JBIS-Search)
  2. ^ 公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル 血統書サービスより

外部リンク編集