ヴィアー・ポーレット (第3代ポーレット伯爵)

第3代ポーレット伯爵ヴィアー・ポーレット英語: Vere Poulett, 3rd Earl Poulett1710年5月18日1788年4月14日)は、グレートブリテン王国の貴族。

生涯編集

初代ポーレット伯爵ジョン・ポーレットとブリジット・バーティー(ペレグリン・バーティー英語版の娘)の三男として、1710年5月18日に生まれた[1]トーントン・グラマー・スクール英語版で教育を受けた[2]。その後、1729年5月19日にオックスフォード大学クライスト・チャーチに入学した[3]。1733年、リンカーン法曹院に入った[4]

1741年イギリス総選挙で首相ロバート・ウォルポールの支持を受け、ブリッジウォーター選挙区英語版から出馬して当選した[4]。1744年初まで与党を支持したものの、以降は反対に転じ、1747年イギリス総選挙では与党の支持を得られず兄ペレグリン英語版が代わりに当選した[4]。ペレグリンが1752年に死去した後も庶民院議員に復帰することはなかった[4]

1764年11月5日に兄ジョンが未婚のまま死去すると、ポーレット伯爵の爵位を継承した[1]

1771年にデヴォン統監英語版に任命され[5]、1788年に死去するまで務めた[4]

1788年4月14日に死去、長男ジョンが爵位を継承した[1]

家族編集

1755年3月4日、メアリー・バット(Mary Butt、1819年4月26日没、リチャード・バットの娘)と結婚、2男をもうけた。

脚注編集

  1. ^ a b c Burke's Peerage, Baronetage and Knightage (英語) (99th ed.). London: Burke's Peerage Limited. 1949. p. 1622.
  2. ^ Carlisle, Nicholas. A Concise Description of the Endowed Grammar Schools (1818), p. 432.
  3. ^ Foster, Joseph, ed. (1891). Poulett, Vere. Alumni Oxonienses 1715-1886 (英語). 3. Oxford: University of Oxford. p. 1135.
  4. ^ a b c d e Matthews, Shirley. "POULETT, Hon. Vere (1710-88), of Hinton St. George, Som". The House of Commons (英語). The History of Parliament Trust. 2019年6月12日閲覧
  5. ^ "No. 11112". The London Gazette (英語). 22 January 1771. p. 1.
グレートブリテン議会英語版
先代:
ジョージ・ドディントン英語版
サー・チャールズ・ウィンダム準男爵
庶民院議員(ブリッジウォーター選挙区英語版選出)
1741年 – 1747年
同職:ジョージ・ドディントン英語版
次代:
ジョージ・ドディントン英語版
ペレグリン・ポーレット英語版
名誉職
先代:
ベッドフォード公爵
デヴォン統監英語版
1771年 – 1788年
次代:
フォーテスキュー伯爵英語版
イングランドの爵位
先代:
ジョン・ポーレット
ポーレット伯爵
1764年 – 1788年
次代:
ジョン・ポーレット