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古典古代における世界の七不思議

世界の七不思議(せかいのななふしぎ)とは、古典古代古代ギリシャ古代ローマ時代)における7つの注目すべき建造物のことである。

現在一般的には、紀元前2世紀ビザンチウムフィロンの書いた「Επτά θαύματα του αρχαίου κόσμου(世界の七つの景観)」の中で選ばれた、古代の地中海地方に存在していた7つの巨大建造物を指す。

目次

「不思議」の由来編集

フィロンの書にいう「θαύματα」(Theamata) とは、ギリシア語で「眺めるべきもの」といった意味である[1]。これが、ラテン語の「Septem Miracula」(驚異、奇跡[2])を経て、英語の「Seven Wonders of the World」となった[1]

他方、日本語の「不思議」とは、もともと「思いはかることもことばで⾔い表わすこともできないこと」を意味する仏教語であり、日本においては、1248年(嘉禎4年)の奥書を有する『諏⽅上社物忌令之事』が、諏訪⼤社の神威を表すものとして用いるなど(諏訪の七不思議)、宗教と関係が深い事象に使われた[1]

しかし、近世になると、これが世俗化し、各地の珍奇なことがらを「七不思議」というようになり、1812年(文化9年)の『北越奇談』は、「燃ゆる⽔」などを「越後の七不思議」に挙げる[1]。時代が進み、信仰心が希薄になるにつれ、怪異な現象、不可解な事柄を「七不思議」というようになり、落語でも有名な「置いてけ堀」は「本所の七不思議」である[3]

また、西欧においても、後世、フィロンの七不思議に倣い、新たな「不思議」が顕彰されるようになるが、中世フランスの「ドフィーネの七不思議フランス語: Sept merveilles du Dauphiné」は、「燃える泉」、「無毒の塔」など、超自然的な現象であった[4]

英訳「Seven Wonders of the World」の「wonder(s)」は、「驚かせるもの」「賞賛すべきもの」(something that fills with surprise and admiration)という意味であると説明されるが[5]、日本語で「世界の不思議」などと誤訳された呼び名[要出典]が定着してしまったために、現代ではオカルトブームなどと結びついて、「当時の土木技術のレベルを超越している」、「物理的に可能とは思えない」といった意味で解釈されることがある。それがゆえに、七不思議の実像が誤解されることもある(「空中」庭園など)。

神秘主義者の中には、これら建造物が超文明によって建設されたかのように考えるケースもあり、オカルト関係の書籍においても、後世の迷信を含む説明が掲載されている(→オーパーツ)。しかし、こういった巨大建造物の建設が、多くの場合においては国家事業として、現代では想像し難いほどに長い期間を掛けて成されていた面もあり、また文明は一様に進歩している訳でもなく情報の散逸や技術の遺失といった問題を含んでいて、後世の者がその建築技術の高さに驚嘆したとしても、必ずしも超古代文明の存在の証明にはならない。

古典古代における世界の七不思議編集

 
世界の七不思議に関連する年表と地図

一般的に挙げられる七不思議は以下の7つである。

この内「アレクサンドリアの大灯台」は、実際にはフィロンの選んだ7つには含まれていない。これは、フィロンが自分の国の不思議は入れないことに決めていたためで、フィロンが選んだのは「バビロンの城壁」であった。バビロンの空中庭園とバビロンの城壁が誤って同一視された結果、「アレクサンドリアの大灯台」が導入されたとされる。

これらのほとんどは地震や破壊などで消滅してしまい、「ギザの大ピラミッド」のみが現存する唯一の建物になっている。また、「マウソロス霊廟」や「エフェソスのアルテミス神殿」のように遺構や遺跡がわずかに残っている例もあれば、「バビロンの空中庭園」や「ロドス島の巨像」のように完全に破壊されて痕跡も残っていない例もある。

この他、シドンアンティパトロスローマ大プリニウス(ピラミッドやスフィンクス、アレクサンドリアの大灯台、エフェソスのアルテミス神殿、エジプト・クレタ島リムノス島などの迷宮、キュジコスの神殿や競技場、テーベ、パクス神殿や競技場・劇場・水道橋などのローマの建築物)など、さまざまな学者・歴史家・詩人が七不思議を選定している。

中世の七不思議編集

時代の変遷とともに、ヨーロッパ人の地理的知識が広がり、七不思議として世界中の建造物が選ばれるようになった。選者・年代ともに不明(14世紀以降と見られる)ながら、次の7つが一般に挙げられる。

南京の陶塔以外は現存する。

現代の「世界の七不思議」編集

現代においても、さまざまな「七不思議」が選定されている。スイスの「新世界七不思議財団」は、2007年7月7日新・世界七不思議を決定しようと世界中からの投票を呼びかけていた。最終候補として挙げられた21の候補地から次の7つが選ばれ、ポルトガルの首都リスボンで開かれた式典で発表された。また現代版の七不思議は、新・世界七不思議と同じである。中世版とは万里の長城、コロッセウムが重なっている。

世界の自然七不思議編集

世界の自然七不思議(あるいは世界の七大自然の驚異)についても他と同様に意見の一致はみていない。現在存在する多くの一覧のうちの一つはCNNによってまとめられたものである[6]

コットレルによる世界七不思議編集

レナード・コットレル#世界の七不思議を参照のこと。

世界の都市七不思議編集

スイスの映画監督・探検家のバーナード・ウェーバーにより、2011年のアンケートにより200か国、1200都市の中から7都市に決定した[7]

関連する作品編集

脚注編集

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  1. ^ a b c d 世界大百科事典. 平凡社. 
  2. ^ 羅和辞典. 研究社. 
  3. ^ 日本大百科全書. 小学館. 
  4. ^ 伊藤進 (2005). “中世末期における山のイマジネールと王権 : エギュイユ山登攀(一四九二年)をめぐって”. 中京大学教養論叢 46-2: 294. 
  5. ^ Oxford Advanced Learner's Dictionary. Oxford University Press. 
  6. ^ CNN Natural Wonders”. CNN (1997年11月11日). 2009年1月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年7月31日閲覧。
  7. ^ マイナビウーマン(2014年12月20日)

関連項目編集

外部リンク編集