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中院 通勝(なかのいん みちかつ)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての公卿歌人和学者内大臣中院通為の三男。官位正三位権中納言

 
中院通勝
時代 戦国時代 - 江戸時代初期
生誕 弘治2年5月6日1556年6月13日
死没 慶長15年3月25日1610年5月18日
改名 松夜叉麿(幼名)→通勝
別名 号:也足軒、法名:素然
官位 正三位権中納言
主君 正親町天皇後陽成天皇
氏族 中院家
父母 父:中院通為、母:三条西公条の娘
兄弟 通総岡島一吉室、白川雅朝王通勝、公厳、女子、真祐
正室:細川幽斎の養女[1]
通村北畠親顕[2]
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経歴編集

天正7年(1579年)正三位権中納言に至る。始め伯父・三条西実枝に師事して歌を学んだ。翌天正8年(1580年)、正親町天皇の勅勘を蒙り丹後国舞鶴に配流、細川幽斎に学んで和歌和学を極めた。慶長4年(1599年)に赦されている。

日記に『継芥記』、著書に『中院通勝集』や源氏物語の注釈書である『岷江入楚』などがある。

脚注編集

  1. ^ 一色義次の娘
  2. ^ 北畠具房の養子

関連項目編集