伊豆半島北部の地形図/右の南北に走る谷が丹那断層および北伊豆断層帯の断層群である。
丹那盆地/画像の右奥から左下へ断層が走る。
断層谷(中央右)を北の箱根火山の外輪山から望む。
畑字上乙越の断層遺跡の一角である、北伊豆地震によってずれた円弧状の石組み/丹那断層公園として整備されている。
地震動の擦痕/丹那断層公園の一物件として保存展示されている。

丹那断層(たんな だんそう)は、日本東海地方静岡県伊豆半島北東部にある断層箱根山南麓から函南町丹那盆地を通り、南の伊豆市内旧修善寺町域へ伸びる30kmほどの北伊豆断層帯を代表するものである。1980年代前半の発掘調査により、過去6000年から7000年の間に小さな活動も含めて9回の断層活動のあったことが確認されており[1]、およそ700年から1000年の周期で巨大地震を起こすと考えられている。

目次

歴史編集

北伊豆地震編集

1930年(昭和5年)11月26日、丹那断層は北伊豆地震を引き起こした。この時、断層は横ずれを起こしている。

北伊豆地震発生の際の横ずれ断層の様子が明瞭に現れた2つの区域(畑字上乙越の断層遺跡、および、火雷神社の断層遺跡)と、“天然の地震計”と化した1つの物品(地震動の擦痕)は、地質学的等における保存価値の高さが認められ、丹那断層公園として整備された。

畑字上乙越の断層遺跡編集

火雷神社の断層遺跡編集

丹那盆地の北に位置する田代盆地の中に所在する火雷神社からいじんじゃ(所在地:静岡県田方郡函南町田代57)では、石造りの鳥居とその先の石段がちょうど断層の境目に位置していたため、断層が横ずれしたことで鳥居と石段の乗った地面が計ったように横に1.4メートルほどスライドし、(柱のみを残した)鳥居の向かって左側のおよそ3分の1だけが石段に繋がっているという状態になってしまった。

当区域は、1981年(昭和56年)7月25日、函南町の天然記念物に指定された。

地震動の擦痕編集

北伊豆地震の激しい揺れは、旧江間尋常小学校校庭に展示されていた魚雷とその台石を揺さぶった。その結果、魚雷の側面には台座の粗い造りになっている角に引っかかれてできた全長725mmの傷がくっきりと残された。奇しくも天然の地震計のように貴重な記録を留める形となったこの魚雷は、人工物でありながら、天然の現象を記録したという事由で、1934年(昭和9年)1月22日付で国の天然記念物に指定された。その名義は「地震動の擦痕(じしんどうのさっこん)」である。その後、同校は江間尋常小学校跡地となり、現在は丹那断層公園の一区域として整備されている。

箱根町断層編集

直接繋がってはいないものの、北の延長線上には、芦ノ湖東岸を通って箱根山外輪山の北東側に到る箱根町断層がある[2]。この断層は、北伊豆地震の発生に伴って顕在化した地震断層の一つであり[2]、歴史的に見れば、江戸時代箱根関もそれとは知らぬままに箱根町断層の断層崖を利用した施設であった。

年表編集

脚注編集

  1. ^ 丹那断層見学ガイド(静岡大学小山研究室)
  2. ^ a b 平田大二、ほか (2010年8月2日). “箱根火山芦ノ湖の湖底における箱根町断層地形 (PDF)”. 地学雑誌『Journal of Geography』(公式ウェブサイト). 2018年5月5日閲覧。
  3. ^ 丹那断層 - 国指定文化財等データベース(文化庁
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関連項目編集

外部リンク編集

座標: 北緯35度5分47.8秒 東経139度1分3.3秒 / 北緯35.096611度 東経139.017583度 / 35.096611; 139.017583