九戸 信仲(くのへ のぶなか)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。通称は右京。九戸信実の子。

 
九戸信仲
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 不明
死没 天正17年(1589年
別名 通称:右京
氏族 九戸氏
父母 九戸信実
八戸但馬
政実実親久慈政則中野康実
七戸家国
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略歴編集

南部氏の庶家九戸氏の出身。九戸政実九戸実親久慈政則中野康実七戸家国室の父といわれ、九戸郡九戸村大字長興寺の大名館が居館跡といわれている。政実が二戸福岡の九戸城に本拠を移したのは永禄12年(1569年)の頃とされている。

長興寺編集

九戸郡九戸村大字長興寺にある寺で曹洞宗。山号は鳳朝山。長興寺は九戸氏の菩提寺として創建された。永正元年(1504年)信仲の開基により、加賀宗徳寺大陰恵善和尚の開山と伝える。江刺家長徳寺・伊保内円通寺などを末寺として持つが、政実のとき九戸氏が滅亡して衰退。元禄6年(1693年)山火事によって類焼し一切を消失した。現在の本堂は嘉永5年(1852年)の再建。

天正19年(1591年九戸政実の乱の際に降伏の斡旋を行った4世薩天和尚は有名である。

系譜編集

参考文献編集

  • 『岩手県史 第3巻 中世篇 下』岩手県、1961年10月20日。
  • 「角川日本姓氏歴史人物大辞典」編纂委員会『角川日本姓氏歴史人物大辞典 第3巻 「岩手県姓氏歴史人物大辞典」』角川書店、1998年5月18日。ISBN 4-04-002030-8
  • 岩手放送『新版 岩手百科事典』岩手放送株式会社、1988年10月15日。