乾祐(けんゆう)は、五代十国時代において後漢の初代皇帝劉知遠(高祖)および第2代皇帝劉承祐(隠帝)の治世で用いられた元号。948年 - 950年。呉越の忠懿王銭俶の廃王馬希広も使用した。

さらに951年以降、北漢の初代君主劉旻(世祖)と第2代君主劉鈞(睿宗)の治世で956年まで使用された。

西暦・干支との対照表

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後漢
乾祐 元年 2年 3年
西暦 948年 949年 950年
干支 戊申 己酉 庚戌
北漢
乾祐 4年 5年 6年 7年 8年 9年
西暦 951年 952年 953年 954年 955年 956年
干支 辛亥 壬子 癸丑 甲寅 乙卯 丙辰
後周 広順
元年

2年

3年
顕徳
元年

2年

3年

出典

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旧五代史』巻101 漢書4 隠帝本紀中
初,高祖欲改年号,中書門下進擬「乾和」二字,高祖改為乾祐

関連項目

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天福
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天福
中国の元号
呉越十国
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広順
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天福
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十国
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