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二宮 光信(にのみや みつのぶ)は、戦国時代武将吉川氏家臣。父は二宮経春、嫡男は二宮経政

 
二宮光信
時代 戦国時代
生誕 長禄4年(1460年
死没 大永2年3月6日1522年4月2日
別名 通称:内蔵助→左衛門佐
官位 筑後守
主君 吉川経基国経元経興経
氏族 清和源氏頼信流逸見氏庶流二宮氏
父母 父:二宮経春
正室:吉川経基の娘
経政光経、女(山県越後守室)
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生涯編集

長禄4年(1460年)、二宮経春の子として生まれる。

大永2年(1522年3月6日安芸国寺原台ヶ尾吉川興経武田信重が戦った際には、嫡男・経政と共に吉川氏に付いて戦い、数多の敵を討ち取ったが、経政と共に戦死。享年63。当時まだ幼少であった嫡孫・春久が後を継いだ。

参考文献編集