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井上 政鄰(いのうえ まさちか)は、下総国高岡藩の第4代藩主。

 
井上政鄰
時代 江戸時代中期
生誕 元禄6年(1693年
死没 寛保3年閏4月8日1743年5月31日
改名 監物(幼名)、政鄰
戒名 俊山日頂玄峰院
墓所 東京都文京区白山の浄心寺
官位 従五位下筑後守
幕府 江戸幕府
主君 徳川吉宗
下総高岡藩
氏族 井上氏
父母 父:井上政蔽
兄弟 政鄰忠郷正豊政経正森久保勝政養女、鳥居成昭室、大沢基貫養女、松前端広室、飯塚昭之養女、渋江胤直室(井上政武養女)、座光寺為慮
正室:高辻長量
大久保忠寅
養子:正森

元禄6年(1693年)、3代藩主・井上政蔽の長男として生まれる。正徳6年(1716年)に父が死去したため家督を継ぎ、享保元年(1716年)7月22日に従五位下・筑後守に叙位・任官する。享保11年(1726年)7月に大坂加番に任じられる。享保16年(1731年)8月7日、弟で養子の正森に家督を譲って隠居し、寛保3年(1743年)閏4月8日に死去した。享年51。