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仙台市立大倉小学校(せんだいしりつ おおくらしょうがっこう)は、宮城県仙台市青葉区大倉にある公立小学校

仙台市立大倉小学校
過去の名称 宮城町立大倉小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 仙台市
設立年月日 1873年7月1日
開校記念日 7月1日
共学・別学 男女共学
学期 2学期制
所在地 989-3213
仙台市青葉区大倉字墓前1
外部リンク 公式サイト
プロジェクト:学校/小学校テンプレート
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1873年に当時の大倉村が創設した歴史ある学校だが、山間に立地し、現在の生徒数は少ない。

目次

歴史編集

江戸時代末期の大倉村には、日進塾という寺子屋があり、1852年(嘉永5年)から1873年(明治6年)まで関傭孝が生徒40人に読み書きを教えた。学制にもとづく最初の小学校は1873年創立の大倉小学校で、関が初代校長になり、校舎は日進塾のものを用いた。当初教員2人、生徒数49人であった。

1889年(明治22年)の合併で大沢村ができたことにともない、芋沢の芋沢小学校が大沢小学校と改称し、大倉小学校はその分教場に格下げになった。しかし1898年には独立して再び大倉尋常小学校となり、白木、滝上、笠松の3か所に分教場(後の分校)を置いた。戦後は青下と十里平にも分校を置き、5つの分校を抱えた。1962年に笠松分校、1968年に青下分校を距離的に近い上愛子小学校に移管したため、大倉地区の北部は大倉小、南部は上愛子小と分かれることになった。

1969年に滝上分校を廃止した。1976年に白木分校と十里平分校も廃止して分校はなくなり、かわってスクールバスを運行した。上愛子小学校の笠松分校は1969年に、青下分校は1973年に廃止された。大倉小学校の児童数は減少を続け、1960年度の児童数278人から1980年度に69人、2005年度には33人になった。現在、大倉小学校はへき地1級校である。

年表編集

  • 1852年(嘉永5年) - 日進塾創立。
  • 1873年(明治6年)7月1日 - 大倉小学校創立。
  • 1882年(明治15年)4月1日 - 切払の新校舎に移転。
  • 1887年(明治20年)4月1日 - 大倉尋常小学校と改称。
  • 1889年(明治22年) - 大沢小学校の大倉分教場になった。
  • 1898年(明治31年)4月 - 大倉尋常小学校として独立。
  • 1899年(明治32年)7月1日 - 白木分教場、滝の上分教場を設置。
  • 1900年(明治33年)1月22日 - 笠松分教場を設置。
  • 1915年(大正4年)1月25日 - 向大倉山に校舎移転。
  • 1923年(大正12年)4月1日 - 大倉尋常高等小学校に改称。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 大倉国民学校に改称。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 大倉村立大倉小学校に改称。
  • 1948年(昭和23年)9月14日 - 青下分校を設置。
  • 1948年(昭和23年)11月1日 - 十里平季節分校を設置。
  • 1950年(昭和25年)12月 - 十里平季節分校を十里平分校に変更。
  • 1955年(昭和30年)2月1日 - 宮城村立大倉小学校に改称。
  • 1962年(昭和37年)4月 - 笠松分校を上愛子小学校に移管。
  • 1963年(昭和38年)11月3日 - 宮城町立大倉小学校に改称。
  • 1968年(昭和43年)4月1日 - 青下分校を上愛子小学校に移管。
  • 1969年(昭和44年)3月31日 - 滝上分校を廃止。
  • 1976年(昭和51年)4月9日 - 墓前に校舎移転。
  • 1976年(昭和51年)3月31日 - 白木分校と十里平分校を廃止。

参考文献編集

  • 仙台市「宮城町誌」改訂編纂委員会『宮城町誌』本編(改訂版)、仙台市役所、1988年。
  • 仙台市「宮城町誌」改訂編纂委員会『宮城町誌』続編、仙台市役所、1989年。

関連項目編集

外部リンク編集