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伊皿子坂(2019年1月25日撮影)

伊皿子坂(いさらござか)は、東京都港区三田四丁目、高輪二丁目の間に存在する

目次

地形編集

泉岳寺から上り坂に入り、頂上で魚籃坂に繋がる。江戸時代には、この坂から江戸湾が一望に見渡せた。付近には高輪皇族邸(旧高松宮邸)がある。

名称の由来編集

およそ1600年頃に、来日した人が当地に帰化し、当時の外国人の呼称「エビス」「イベス」から自らを「伊皿子」(いびす)と名乗ったという。この帰化人の名が「伊皿子」という町名の由来とされる。[1]

明国人「伊皿子」の墓所は高輪浄土真宗本願寺派正源寺にある。

歯科医学教育発祥之地編集

 
「歯科医学教育発祥之地」

明治時代には、坂上の伊皿子交差点付近(三田四丁目18番地)に高山歯科医学院東京歯科大学の前身)が存在した。同所には「歯科医学教育発祥之地」が東京歯科大学によって設置されている。

補足事項編集

江戸名所図会』に描かれた潮見坂は本所を指すと思われる。但し、本来の潮見坂は別の場所(東京都港区三田四丁目2番地と4番地に挟まれた場所)に存在する。

脚注編集

  1. ^ 『芝伊皿子の名の由来』報知新聞、明治42年10月1日、新聞集成明治編年史 第十四巻[1]

関連項目編集