伊達村澄
伊達 村澄(だて むらずみ)は、江戸時代中期の伊予国吉田藩世嗣。通称は宮内。
時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 享保2年(1717年) |
死没 | 享保20年9月17日(1735年11月1日) |
別名 | 宮内(通称) |
藩 | 伊予吉田藩世嗣 |
氏族 | 吉田伊達氏 |
父母 | 伊達村豊 |
兄弟 |
村澄、村信、上杉義枝、成房、徳行、 久徳成朝、恒川久定、成要、荻野朝周室、戸沢正諶婚約者 |
略歴
編集3代藩主・伊達村豊の長男として誕生。父または仙台藩主・伊達吉村より偏諱を受ける。
伊予吉田藩嫡子として育ち、享保18年(1733年)に8代将軍・徳川吉宗に拝謁する。しかし、家督を相続することなく享保20年(1735年)に19歳で早世した。
代わって、弟・村信が嫡子となった。