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佐橋 佳富(さはせ[1] よしとみ、安永5年(1776年) - 没年不明)は、江戸時代末期(幕末)の旗本。通称は万蔵、市左衛門。官位は従五位下長門守、遠江守。京都西町奉行勘定奉行を務めた。室は松平信行の娘。

来歴編集

佐橋佳豊の子として生まれ、伯父の佳如(よしゆき)の養子となる。文化14年(1817年)1月11日、西丸書院番より使番に移り、文政11年(1828年)11月17日に西丸目付、文政12年(1829年)4月28日に本丸目付となる。天保6年(1835年)6月8日より京都西町奉行に就任し、大塩平八郎の乱の残党取り締まり、地元京都以外の産地の織物類の直買を禁止した。天保11年(1840年)4月8日、勘定奉行となり、天保12年(1841年)5月3日からは道中奉行を兼任した。天保13年(1842年)2月7日に作事奉行、天保14年(1843年)5月10日に西丸留守居となるが、同年12月28日に役を免じられた。

注釈編集

  1. ^ 寛政重修諸家譜巻第九百五十九

参考文献編集

  • 寛政重修諸家譜 巻第九百五十九
  • 京都市姓氏歴史人物大辞典 (京都市姓氏歴史人物大辞典編集委員会 1997年)
  • 江戸諸藩要覧(東洋書院 1982年)
  • 『寛政譜以降旗本家百科事典』第3巻(東洋書林、1997年)p.1303