佐藤 勇助(さとう ゆうすけ、1891年明治24年)2月25日[1] - 1970年昭和45年)9月21日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍主計中将。

佐藤 勇助
生誕 1891年2月25日
日本の旗 日本 東京府
死没 (1970-09-21) 1970年9月21日(79歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1912年 - 1945年
最終階級 陸軍主計中将
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経歴

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1891年(明治24年)に東京府で生まれた[1]陸軍経理学校第6期主計候補生として1912年(明治45年)5月18日に卒業した[2]1936年(昭和11年)8月1日に陸軍一等主計正進級と同時に宇品陸軍糧秣支廠長に着任[3]1938年(昭和13年)6月に第1飛行集団経理部長に転じ[3]1939年(昭和14年)9月に第13軍経理部長に就任して日中戦争に出動した[1][3][4]

1940年(昭和15年)3月に陸軍主計少将に進級し[3]1941年(昭和16年)に北支那野戦貨物廠長に就任した[1]1942年(昭和17年)7月に第1方面軍経理部長(関東軍)に転じ[1]1944年(昭和19年)2月1日中部軍経理部長に就任し[1]3月1日に陸軍主計中将に進級[3]1945年(昭和20年)1月29日中部軍管区経理部長兼第15方面軍経理部長に就任し[5]、終戦時は大阪に位置した[6]。終戦後の11月30日予備役に編入された[4]

1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[7]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g 福川 2001, 354頁.
  2. ^ 柴田・中村 1981, 633頁.
  3. ^ a b c d e 外山 1981, 521頁.
  4. ^ a b 外山 1981, 522頁.
  5. ^ 第22号 昭和20年1月30日 陸軍異動通報」 アジア歴史資料センター Ref.C12120932500 
  6. ^ 柴田・中村 1981, 598頁.
  7. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」138頁。

参考文献

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  • 柴田隆一・中村賢治 著『陸軍経理部』芙蓉書房出版、1981年。 
  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026