元 景隆(げん けいりゅう、490年 - 547年)は、北魏皇族。父の元法僧とともに南朝梁に亡命した。

経歴編集

516年熙平元年)、南朝梁の巴西梓潼二郡太守張斉益州に侵攻してくると、景隆は葭萌で戦って敗れた。後に平東将軍となった。525年孝昌元年)、父が彭城で反乱を起こすと、ともに南朝梁に亡命し、衡州刺史に任じられた。沌陽県公に封じられ、持節・都督広越交桂等十三州諸軍事・平南将軍・平越中郎将・広州刺史として出向した。531年(南朝梁の中大通3年)、侍中・安右将軍として召還された。532年(中大通4年)、征北将軍・徐州刺史に任じられ、彭城王に封じられたが、赴任しなかった。まもなく侍中・度支尚書に任じられた。547年太清元年)、再び使持節・都督広越交桂等十三州諸軍事・征南将軍・平越中郎将・広州刺史に任じられた。赴任する道中に雷首で病没した。享年は58。

伝記資料編集