元田直

元田 直(もとだ なおし、1835年天保6年)[1]-1916年大正5年)4月4日)は日本の儒学者法学者法律家教育者。東京代言人組合(現・東京弁護士会会長東京府師範学校校長東京法学社(現・法政大学)の創立者の一人。

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略歴・人物編集

1835年(天保6年)、豊後国杵築藩(現在の大分県杵築市)に儒学者元田竹渓の長子として生まれる。維新の際に、藩主の嫡子松平親貴に従って京都に上り、参与広沢真臣に知遇を得て内国事務局書記に任ぜられる[2]度会府判事に就任し、度会府廃止後に太政官に入り、太政官記録取調掛に任ぜられ、箕作麟祥とともにフランス民法を審議する[3]

1874年明治7年)に東京神田に法学塾の「法律学舎」を開設し、フランス法を講授する。この法律学舎が日本における私立法律学校のはじめとされている。[4]

1880年(明治13年)、同郷の金丸鉄薩埵正邦、元田の下にいた伊藤修らが東京法学社を創立する際にその助力をし、法政大学の創立者の一人として数えられている。[5]

1880年(明治13年)6月に東京代言人組合の初代会長となり、同年11月には長崎上等裁判所判事に任じられる。1887年(明治20年)に文部大臣森有礼の懇請により東京府学務課長兼東京府師範学校長に就任し、義務教育の普及発展に貢献する[2]

1916年(大正5年)4月4日に死去、82歳。

著書・口述書編集

  • 『東京土産』(鈴木喜右衛門、1871)
  • 『所得税法俗解』(博成社、1887)
  • 『南豊詩鈔』(元田直、1900)
  • 『南豊文集』(弘道館、1913)

家族編集

脚注編集

  1. ^ 『大分県人士録』では天保5年生まれ
  2. ^ a b 『大分県人士録』
  3. ^ kotobank-元田直とは
  4. ^ 学制百年史-三 専門学校の創設
  5. ^ 東京法学社の設立とその創立者たち

参考文献編集

  • 『大分県人士録』(大分県人士録発行所、1914年)