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株式会社光通信(ひかりつうしん、HIKARI TSUSHIN, INC.)は、東京都豊島区に本社を置く情報通信業のホールディングカンパニー

株式会社光通信
Hikari Tsushin, Inc.
Hikarilogo.jpg
種類 株式会社
市場情報
本社所在地 日本の旗 日本
171-0021
東京都豊島区西池袋1-4-10
光ウエストゲートビル
設立 1988年2月5日
業種 情報・通信業
法人番号 9013301019047 ウィキデータを編集
事業内容 法人サービス
個人サービス
取次販売
代表者 代表取締役会長 重田康光
代表取締役社長 和田英明
資本金 542億59百万円
発行済株式総数 46,549,642株
売上高 連結:4,843億86百万円
純利益 連結:495億47百万円
総資産 連結:8,042億7百万円
従業員数 連結:7,572人
決算期 毎年3月31日
会計監査人 有限責任あずさ監査法人
主要株主 有限会社光パワー 43.02%
重田康光 2.61%
玉村剛史 2.49%
株式会社鹿児島東インド会社 7.19%
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 4.29%
日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 2.54%
外部リンク https://www.hikari.co.jp/
特記事項:各種経営指標は2019年3月期の日本基準のもの
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旧HITSHOP 1号店(新宿)現在はナンバーポータビリティー専門店としてリニューアル

概要編集

光通信グループでは強みである販売力を活かし、回線、電力、宅配水、保険といった長期的に安定した収益が期待できる事業に取り組んでいる。東京証券取引所一部に上場。「子育てサポートに力を入れている企業」として、「次世代育成支援対策推進法」による認定マーク(愛称「くるみん」)を東京労働局より取得している。

創業編集

1988年に重田康光が創業して34歳の時に史上最年少で1999年に東証一部に上場した。携帯電話PHSの普及期に、携帯電話販売代理店「HIT SHOP」を全国展開して新規の回線契約者に端末を無料で提供し、一契約あたり数万円の報奨金を得て急速に事業を拡大した。「HIT SHOP」はスカパーの受信機器レンタルサービス「デジタルクラブ」も取り次いだ。携帯電話の普及期に利用促進を目的として、情報料不要で通話料のみで利用できるボイスメール・音声情報サービス「イケテルIネット」を開始した。現在は関連会社の「ファイブエニー」が「光通信」よりサービスを引き継いで運営している。

創業者の重田康光は、1999年、重田は世界第5位の大富豪として、米国経済誌『フォーブス』の表紙を飾った。しかし、1999年に世界5位の大富豪に上り詰めた後、株の大暴落に見舞われランキングから姿を消した。しかし、順調に順位を回復し、2019年のフォーブス誌の調査で、国内6位の大富豪に復帰した。社長をつとめる玉村剛史は、「フォーブス ジャパン」の選ぶ「日本の社長力ランキング2015」において、第5位にランクされた。

株価と業績編集

1990年代後期のITバブル期に投機銘柄として急騰したが、携帯電話市場は飽和して新規契約は頭打ちになり、「DDI」に対する架空契約(寝かせ)が大量発覚[1]して2000年3月に急落した。「2000年8月期の業績を上方修正する」と記者会見して上昇したが、2週間後に60億円の黒字から130億円の赤字へ大幅下方修正が発表されて再下落した。「これ以上に洗練された組織モデルはない」と自画自賛した組織モデルの現況不一致が発覚し、市場で不信感が増幅して最高値24万円から3か月で8000円台に急落した。2000年の年間値下がり率は99.1%でワースト記録となる。

新興ITベンチャー企業へ積極投資をしていたことから、投資先のほかに光通信と無関係のIT企業も経営実態を疑心され、株式市場の大幅安を呼びこみ「ITバブル崩壊の大立役者」と揶揄された。「東証一部で20営業日連続ストップ安」と記録なり、これを契機に上場規則の改正で「ストップ安(ストップ高)が3営業日連続で続いた場合は、その翌営業日からストップ安(ストップ高)以外で売買が成立するまで値幅制限の下限(上限)を通常の2倍に拡大する」規定が設けられた。当時から最近に至る主な投資先は、インターキューウェブクルークレイフィッシュサイバーエージェントジャックスカイパーフェクトコミュニケーションズインテリジェンススカイマークエアラインズメンバーズEストアーウェブマネー一休など。

市場は「販売した携帯電話回線から発生する通話料の一部が、携帯電話事業者から報奨金として支払われるインセンティブ契約は、通常は3 - 5年間で期間終了となり、同時に倒産するのではないか」と憶測したが、携帯電話販売事業を大幅に縮小し、シャープ複写機販売を中心に業態転換した。2001年に赤字に転落したが2004年に黒字に転換し、2014年5月19日の決算発表で売上高は前年比約113%の5651億円だった[2]。現在の携帯電話販売事業は東京23区内などに複数キャリアを併売する「OBM it's」などがあるが、多くの地域でauソフトバンクの専売店に転換している。

「情報機器事業部」は、重田の右腕とされるMTI社長の前多俊宏が担当重役で、2008年9月にフィナンシャル・エージェンシー社長を最後に光通信グループを退社した齋藤正秀、現取締役の儀同康らが在籍した。キヤノン販売と代理店契約して当時黎明期のDTP業界へMacintoshを販売し、システムショールームとして「HIT SHOP」を当時の本社が入居した豊島区のIOBビル1階に設けたが、数か月後に解散して事業から撤退した。一年近く続いた部署だが、現在は沿革等から抹消されている。

空いた本社1階「HIT SHOP」は、注力始めた当初の「移動体通信事業部」が使用してのちの携帯電話販売店「HIT SHOP」となった。

ブロードバンドの営業で「Yahoo! BB」を拡販し、2005年頃から「ハローコミュニケーションズ」「ベルサポート」などコールセンターを運営する子会社を次々と設立したのちに、アウトバウンドで光ファイバー回線を販売している。

社名と社長編集

創業者から「光」と「通信業界」から「通信」で光通信とした。

重田康光 1988年2月 - 2003年6月、2003年6月 - 代表取締役会長

和田英明 2019年6月 - 現在

社是編集

「三大主義」を理念に[3]、「社歌」、「社訓」、「心訓」を定む。

  • 集団成功主義 - 経済的な成功、地位や名誉を得る、暖かい家庭を持つなど人によって様々な考え方がある中で、その異なる価値観をもった人達全員で成功を目指していこう、成功していこうという理念であり、光通信グループに関わる全ての人が幸せになることを目指すという考え方である。
  • 実力主義 - 年齢、性別、国籍、経験は、関係なく、成果を出した人に役職・報酬面等、様々な形で評価し、「結果を出した人を正当に評価していく」という光通信の最大の特長である。
  • 元気主義 - 自らを奮い立たせ、常に士気が高く活力ある状態を保つことが重要であると考え、元気よく朝から朝礼を行い、気持ちを高め、元気を出し、集団成功主義を目指し、いかなる時も元気で活力に満ちている状態が光通信のあるべき姿という理念である。

事業所編集

  • 本社:東京都豊島区西池袋1-4-10 光ウエストゲートビル

沿革編集

  • 1988年
    • 2月 OA機器、オフィス電話等の販売及びリースを目的として設立(資本金:100万円)
    • 7月 市外電話サービスの回線販売事業の開始
  • 1990年4月 複写機、ファクシミリの販売を開始
  • 1991年11月 コンピュータならびに周辺機器の販売を開始
  • 1992年12月 国際事業部を組織し、国際電話サービス回線販売事業を本格化
  • 1993年6月 移動体通信事業部を組織し、携帯電話サービス回線販売事業を本格化
  • 1994年
    • 4月 携帯電話機の売り切り制導入に伴い、携帯電話端末の販売を開始
    • 5月 東京都新宿区に携帯電話販売店第1号店を開店
  • 1995年
    • 5月 通信機器営業部を組織し、ビジネスホンの販売を 本格化
    • 7月 簡易型携帯電話(PHS)サービスの取次及びPHS端末の販売を開始
    • 9月 株式の額面金額変更のために形式上の存続会社株式会社光通信(東京都練馬区)と合併
  • 1996年
    • 2月 当社株式を日本証券業協会に登録
    • 10月 移動体通信事業部を地域ごとに再編成
  • 1997年1月 当社株式の売買単位を1,000株から100株に変更
  • 1998年9月 レンタルサーバビジネスを本格化
  • 1999年
    • 5月 携帯電話販売店舗数が全国1,500店舗
    • 9月 当社株式を東京証券取引所市場第一部へ上場
  • 2002年
    • 3月 決算期を8月から3月に変更
    • 6月 代表取締役2名体制を採用
    • 7月 株式会社ニュートン・フィナンシャル・コンサルティング株式会社によって保険販売事業を本格的に開始
    • 9月 株式会社パイオン(旧:株式会社ネクサス)を子会社化
    • 9月 株式会社HIKARIプライベート・エクイティが有するベンチャーファンドの業務執行権等を譲渡
  • 2011年10月 東京都豊島区西池袋1-4-10に本社移転。
  • 2012年11月 自己株式500万株を消却
  • 2013年
    • 6月 株式会社エフティグループ(旧:株式会社エフティコミュニケーションズ)を子会社化
    • 8月 自己株式400万株を消却
    • 12月 自己株式160万株を消却
  • 2014年
  • 2015年2月 株式会社プレミアムウォーターホールディングス(旧:株式会社ウォーターダイレクト)を子会社化
  • 2018年8月 自己株式120万株を消却
  • 2019年2月 株式会社アクトコールを子会社化

事業編集

連結子会社175社および持分法適用関連会社137社。(2019年3月末時点)

2020年3月期より報告セグメントを変更。

法人サービス事業編集

主に中小企業に対して、通信回線サービス、電力、各種システムなどの自社で企画・開発した商材の販売。

個人サービス事業編集

主に個人に対して、通信回線サービス、宅配水などの自社で企画・開発した商材の販売。

取次販売事業編集

通信キャリア、保険会社、メーカーなどの各種商品の取次販売。

参考文献編集

  • 松島庸 『追われ者』(東洋経済新報社、2002年4月、ISBN 4492970258
  • 溝上幸伸 『孫正義の10年後発想 - 光通信・重田康光ら若手ネットベンチャー経営者にみる失敗の研究』(あっぷる出版社、2000年10月1日、ISBN 9784871771900
  • 氏家和正 『ITバブルの内幕 - 光通信の天国と地獄』(道出版、2000年10月、ISBN 4944154259
  • フォーブス(日本版)』(株式会社ぎょうせい、1999年3月号)
  • 『月刊 文藝春秋』(株式会社文藝春秋、2000年4月号)

脚注編集