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八大元老(はちだいげんろう)は、1980年代から1990年代にかけて強い権力をふるった中国共産党長老集団八老拼音bā lǎo)とも呼ばれる。

非公式集団でありながら、党の最高指導部である中央政治局常務委員会1987年11月時点での常務委員は、趙紫陽李鵬喬石胡啓立姚依林の5人)を凌ぐ権威を持っており、重要な決定は八大元老に委ねられることもあった。第二次天安門事件の武力行使、趙紫陽総書記解任(解任理由の一つとして、訪中したソビエト連邦共産党書記長ミハイル・ゴルバチョフとの記者会見の際、鄧小平に最終決定権があると明かしたことが挙げられた)とその後任に江沢民を据える決定が彼らの意思によってなされた。当時、中国は「八老治国」と揶揄された。

八大元老の子以降の世代の者の中には、太子党と呼ばれる集団の一員になっている者もいる。八大元老が健在だった時期に国務院総理全国人民代表大会常務委員長などを歴任した李鵬周恩来鄧穎超夫妻の養子である。また2012年中国共産党総書記に就任した習近平は八大元老の一人である習仲勲の子である。同じく2012年に失脚した薄熙来もまた、薄一波の子であり、太子党の有力者であった。

メンバー編集

メンバーは以下の通り。

後に李先念・王震・鄧穎超と入れ替わる形で、以下の3人が入った。

脚注編集

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  1. ^ 8人目が誰になるかについては諸説あるが、一般的には彼女とされる[誰によって?]

関連項目編集