内藤 正興(ないとう まさおき)は、江戸時代中期の大名信濃岩村田藩の第4代藩主。岩村田藩内藤家5代。

 
内藤正興
時代 江戸時代中期
生誕 宝暦6年(1756年)閏11月
死没 寛政4年10月17日1792年11月30日
別名 秀之助(幼名)
官位 従五位下志摩
信濃岩村田藩
氏族 内藤氏
父母 父:内藤正弼、母:酒井忠香の娘
兄弟 内藤正寿内藤正興
正室:阿部正敏の娘
娘(内藤正国正室)、娘(安藤広栄正室)
養嗣子:正国
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宝暦6年(1756年)閏11月、第3代藩主・内藤正弼の次男として生まれる。兄の正寿明和6年(1769年)6月12日に早世したため、代わって嫡子となる。翌明和7年(1770年)6月18日、父の死去により家督を継ぐ。

寛政4年(1792年)10月17日に死去した。享年37。男子がなかったため、肥前唐津藩主・水野忠鼎の四男・忠令を婿養子に迎えて正国と名乗らせ、家督を継がせた。

系譜編集

父母

正室

子女

養子