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劉休倩(りゅう きゅうせい、446年 - 454年)は、南朝宋皇族。臨慶沖王。文帝劉義隆の十六男。

経歴編集

劉義隆と顔美人のあいだの子として生まれた。454年孝建元年)4月、東平王に封じられた。受けないうちに病のため死去した。享年9。470年泰始6年)、追って臨慶王と改封された。

463年大明7年)、孝武帝の二十七男の劉子嗣が東平王となり、休倩の後を嗣いだ。470年、明帝の五男の劉智井が東平王となったが、受けないうちに死去した。明帝の八男の劉躋が臨慶王となり、休倩の後を嗣いだが、翌年に本国へ帰った。

伝記資料編集