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医学館(いがくかん)は、江戸時代後期に設けられた医学校。

江戸医学館編集

江戸幕府神田佐久間町に設けた漢方医学校。

明和2年(1765年)、幕府奥医師多紀元孝(安元)が開設した私学躋寿館(せいじゅかん)が起源である。

寛政3年(1791年)、幕府直轄の医官養成校となり医学館と改称した。

文化3年(1806年)、大火で焼け落ち浅草向柳原に移転再建された。

紀州医学館編集

紀伊国紀州藩和歌山城下(現和歌山市)に設けた藩校

天明7年(1787年)、和歌山城内での医書講釈が起源である。

寛政3年(1791年)、藩主徳川治寶により、現和歌山市本町三丁目に医学館を開設した。その後、同市雑賀屋町に移転した。

藩内の医師子弟や門下生に漢方を教授するのみならず、天保年間(1830年 - 1844年)には館内に施薬局を設置し、貧しい領民に対して施薬するなどの支援も行った。

医学館は明治2年1869年)まで存続し、跡地の一部は後に神田病院2013年2月28日閉院)となり、病院玄関口に碑が建てられていた。

関連項目編集