原田専門家

原田専門家(はらだせんもんか、1974年2月10日-)は、日本グラフィックデザイナークリエイター、映像作家。本名:原田 祐二(はらだ ゆうじ)、略称原専はらせん)。

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来歴・人物編集

愛知県出身。愛知県立作手高等学校卒業。

大阪吉本総合芸能学院の11期生で元ピン芸人。同期には陣内智則中川家ケンドーコバヤシたむらけんじハリガネロックハリウッドザコシショウなどがいる。

ピンで活動していたが、一般の観客やテレビカメラの前では披露できないような危険なネタが多かったためと手先が器用だったため、当時出ていた心斎橋筋2丁目劇場のスタッフとなる。

CGグラフィックデザインについては美術大学専門学校に行ったわけではなく独学である。

陣内のネタの映像や、baseよしもと当時の芸人のロゴグッズ、お笑い番組のロゴなどは彼がほとんど手がけている。特に陣内のネタのほとんどが自身の作成で、周囲からは「陣内の曰く相方と言っても過言ではない」と言われるほどである。また家紋を現代風にアレンジした「パ紋」を制作している。陣内を特集した『ジャスト』(TBS系)に出演した際、陣内に「テレビで映せるような奴と違う」と言われるほど独特のモヒンカン髪型とあごひげが特徴。

ダイナマイト関西では進行役を勤めていた。

たいへんな猫好きであり、タルちゃん、ワラビ、モモちゃん、菊千代[1]という4匹の猫と暮らしている。

2016年7月30日配信の水道橋博士のメルマ旬報にて「原田専門家とTシャツ連載」というメールマガジンにTシャツプレゼントの連載を開始。

パ紋の個展の図録による本人の略歴編集

愛知県の度を超した田舎の農業高校を卒業と同時に芸人を目指して吉本の大阪 NSC(11期生)に入学。[2]同期には、ケンドーコバヤシ中川家陣内智則、そしてハリウッドザコシショウなど。当時の心斎橋筋2丁目劇場のスタッフしか笑わないようなネタをしていて芸人として芽は出ず、劇場のスタッフとして働く。4コマ漫画など蛭子能収に憧れてガロに持ち込みを数度するが、これまたパっとしないまま、劇場スタッフとして働いていた。そこで出会った当時デザイナーであった狩集広洋(現在はアーティストとして活動中)にデザインのいろはを学び、1993年4月〜1996年11月まで、2丁目劇場のフリーペーパー『WA CHA CHA PAPER』にて、漫画やコラムなど執筆。1997年パルコアーバナート#6に「ウサギは三度餅をつく」という5秒のCGアニメで入選。以後、グラフィックデザインやイベントでの映像、テレビ大阪の人気番組、吉本超合金などの番組のタイトルCGやロゴなどを制作。また、同期の陣内智則のネタの映像も手掛ける。

ツイッター(twitter ID@haradasenmonka)のアイコンは2010年に放送されたNHK連続テレビ小説ゲゲゲの女房』の最終週、青木俊直などの漫画家がアイコンをゲゲゲ化仕様にしていたのに乗じたまま現在に至る(個展での図録参照)。

受賞歴編集

  • 1997年パルコアーバナート#6・入選
  • 2016年負けエンブレム展・佳作[3]

主な出演編集

テレビ編集

著書編集

新聞編集

脚注編集

  1. ^ 原田専門家のブログ参照[1]
  2. ^ パ紋の書籍著者略歴より
  3. ^ [2] 行ってもない旅日記 キングコング西野オフィシャルダイアリー、2016年4月25日閲覧。

外部リンク編集