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土井 利制(どい としのり)は、三河刈谷藩の第3代藩主。刈谷藩土井家6代。

 
土井 利制
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 明和5年2月26日1768年4月13日
死没 寛政6年3月13日1794年4月12日
改名 鉄蔵(幼名)→利制
戒名 広大院殿快誉郭然昇道大居士
墓所 東京都港区南麻布の天真寺
官位 従五位下、兵庫
幕府 江戸幕府
三河刈谷藩
氏族 土井氏
父母 父:土井利徳、母:利紀(松平忠宜の娘)
兄弟 信、利制、久喜(神尾元喬室)、登志、利謙利央利位、筍、利以
種姫
養子:利謙

生涯編集

明和5年(1768年)2月26日、第2代藩主土井利徳の長男として生まれる。天明3年(1783年)12月18日、従五位下・兵庫頭に叙位・任官する。天明7年(1787年)12月16日、父の隠居家督を継いだ。

寛政元年(1789年)8月、江戸城和田倉門番に任じられる。しかし病弱であり、藩政を家臣に任せて顧みなかったため、寛政2年(1790年)には領内で一揆が起こり、その不手際で翌寛政3年(1791年)に幕府から処罰されている。藩財政も逼迫する中での寛政6年(1794年)3月13日に死去した。享年27。

跡を弟で養子の利謙が継いだ。