土屋興直

土屋 興直(つちや もろなお、享保10年(1725年) - 寛政6年5月6日1794年6月3日)は、江戸時代旗本土屋亮直の長男。通称は内記、惣蔵。兄弟に渡辺貞綱室、易直良直松平昌豊京極高伴室、有馬純務室。子に雄直、娘(松平忠幸室)、道直知直、娘(山岡景柄室)。

寛保3年(1743年)、8代将軍徳川吉宗に拝謁。翌延享元年(1744年11月20日、父から家督を譲られ、宝暦元年(1751年)に1月より本所の火事場見廻りを務め、宝暦8年(1758年)1月に使番、12月に布衣着用を許される。明和4年(1767年4月25日、病気のため出仕停止となり、8月27日に許された。安永9年(1780年12月19日に隠居、子の雄直に家督を譲って宗閑と号した。寛政6年(1794年)5月6日に死去。享年70。

参考文献編集