堀 直佑(ほり なおすけ、明暦元年(1655年)- 享保6年6月20日1721年7月14日))は、江戸時代前期から中期の大名。信濃国須坂藩の第4代藩主。信濃須坂堀家4代。第3代藩主堀直輝の長男。母は大河内松平正綱の娘(酒井忠当の養女)。正室は板倉重形の娘。子に堀直富(長男)、堀直俊(次男)、甲斐庄正恒(三男)、娘(堀直英正室)。官位は従五位下、長門守。

寛文9年(1669年)、父・直輝の死去により家督を相続する。50年間藩主の座にあったが、享保4年(1719年)に隠居した。長男の直富が夭逝し、次男の直俊は廃嫡したため、家督は養子で娘婿の直英に譲った。

享保6年(1721年)に没した。