大久保 昇は、日本実業家京都市出身。日本人の漢字力向上に寄与した、日本漢字能力検定協会を設立。

人物編集

大学卒業後、電機メーカーに就職。父の死を機に1970年に実家の新聞販売店を継ぐ。市郊外にビルを建て、のちの協会の母体「オーク」を創業した。貸しビル業を営み、学習塾、文化教室、天然酵母パンなどのテナントを持った。貸ビル業の取り引き先の一つに漢字塾があり、そこに着目。当時は第2次ベビーブームの子の急増期でもあり、「教育ビジネスは将来性がある」と思い、オークの経営を軌道に乗せ、新たな事業を模索。「英検があるなら漢検があってもいい」と着想、1975年に塾に勤める元教諭らの勧めで、任意団体の日本漢字能力検定協会を設立、理事長に就任。

しかし当初は学校を回っても「業者テストはいらない」と断られ、初回の受検者は672人にとどまった。1992年に、「受検者を増やすには国のお墨付きが必要」と考え、当時の文部省に働きかけ、協会を財団法人にする認可を取り付けた。面会した同省幹部は、「漢字を通じた生涯学習という発想は良く、熱い思いを感じた」と同感。漢検は、1992年から正式に文部省の認定資格となる。(2006年度から認定制度が廃止になり、漢検は文部科学省後援の検定になる。)1995年には年末恒例の「今年の漢字」が京都・清水寺で始まる。この「今年の漢字」で知名度が上がり、さらに漢検を単位認定や入学優遇に使用する高校・短大・大学が増え、2008年度(平成20年度)には志願者が289万人にも達した。学校をあげて漢検の受検に取り組む小学校があったり、中学校・高校でも多くの学校が受検を推奨するようになった。ゲームやクイズ番組も誕生し、日本全国に漢字ブームが巻き起こった。

これらの功績から、1996年に紺綬褒章を受章。また、2006年には瑞宝双光章勲章授与(後年勲章褫奪令に基づき剥奪)。

社会貢献としては、ロータリークラブや日本国際連合協会、京都経済同友会などの要職に就任、各団体へ多額の寄付を行った。

2009年に漢検協会事件が起き、責任を問われた。