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祭神編集

祭神誉田別命[2]八幡神応神天皇)。

歴史編集

当社の創建に関する経緯や年代については不詳[2]12世紀に再建されたと伝わる[4]

もとは「八幡社」という社名であったが、神祇管領長上吉田家の許可のもと、現社名へと改称した[2]

境内編集

豊野駅から直線距離で約1.2キロメートル[3]、赤沼地区の中央に鎮座する[2]

北国街道脇往還、通称「雨降り街道」の宿場・長沼宿にある。当社の位置はその北端に当たり、南端に鎮座する長沼神社と対になっている[4]

『長沼村誌』によると、当社の社地の広さは東西方向に149、南北方向に46間15寸とある[2]。現在の単位メートル法)に換算すると、東西方向に約25.7メートル、南北方向に約84.1メートル、面積は約2162平方メートルである[注 1]

境内には小林一茶歌碑が建つ[5]

啼きながら 虫の流るゝ 浮木かな 一茶

祭事編集

9月に祭日を設ける[注 2]

秋季例大祭では、五穀豊穣の願いを込めて獅子舞(男獅子、剣呑みの舞)が奉納される。地元の赤沼北組保存会が獅子舞の伝承を行っている[6][7]

交通アクセス編集

公共交通機関
赤沼郵便局バス停留所が最寄り[8]しなの鉄道およびJR豊野駅もしくは長野電鉄長野線柳原駅から乗合タクシー「長沼線」が運行されている[9]

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 当社社地の面積について、『長沼村誌』には「二□畝廿四歩」(引用、2□24、□は空白を示す)とある[2]
  2. ^ 当社の祭日について、『長沼村誌』には9月15日とある[2]

出典編集

  1. ^ a b 神社紹介 長野支部”. 長野県神社庁. 2019年9月14日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j 『長沼村誌』ア12ページ
  3. ^ a b Mapion 電話帳 大田神社”. Mapion. 2019年9月14日閲覧。
  4. ^ a b ふるさとの魅力新発見 長沼歴史ぐるっと散歩ガイド 城下町の面影が残る「長沼」を歩いてみよう 1 史跡めぐり編”. 長野市立長沼公民館. 2019年9月14日閲覧。
  5. ^ 一茶・十哲の碑 長沼案内 一茶と歩く長沼徒路”. 長野市. 2019年9月14日閲覧。
  6. ^ 第2回ながの獅子舞フェスティバル参加団体のご紹介です”. 長野市 (2018年6月26日). 2019年9月14日閲覧。
  7. ^ 第3回ながの獅子舞フェスティバル参加団体のご紹介です”. 長野市 (2019年6月10日). 2019年9月14日閲覧。
  8. ^ 大田神社の地図”. Mapion. 2019年9月14日閲覧。
  9. ^ バス・乗合タクシー等の運行情報 乗合タクシー長沼線”. 長野市 (2018年5月18日). 2019年9月14日閲覧。

参考文献編集

  • 成田篤信、半田要太郎編輯『長沼村誌』長沼村役場、1928年11月10日。

関連項目編集

外部リンク編集