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大阪電気軌道デボ61形電車(おおさかでんききどうデボ61がたでんしゃ)は、近畿日本鉄道(近鉄)の前身にあたる大阪電気軌道(大軌)が1922年から1923年に製造した車両である。61 - 102の全42両が製造された。

概要編集

木造車でデボ1形より車体長は長く、主電動機は105馬力(78.33kW)のゼネラル・エレクトリック(GE)社製GE-240B形4基搭載とされた。製造は川崎造船所日本車輌製造藤永田造船所。88 - 102は通風器が側面3個から5個に増え、換気能力の向上が図られた。

1929年に73 - 77が電装解除され、制御車クボ30形30 - 34となった。1933年に78 - 81・88・89が体化改造され、デボ307 - 312となった。また1935年には90 - 96が同じく鋼体化改造され、デボ103 - 109となっている。いずれも製造後わずか十数年程度での鋼体化であるが、78・79の車体は電動貨車デワボ1800・1801に、80・81・88・89の車体は新形式デボ150形に、91・92の車体は同じくデボ400形に再利用されている。90・93 - 96の車体は博多湾鉄道汽船(現・西鉄貝塚線)に譲渡され、コハフ1・5 - 8となった。1936年に63・67が事故により廃車1937年には61・62・64・65が番号はそのままで手荷物合造車(デボニ61形)に改造される。1942年の称号改正で番号はそのまま、記号をデボ→モ、デボニ→モニ、クボ→クに変更。1949年、87・97 - 102が鋼体化され、600系となった。

残った車両は1950年の称号形式整理の時に改番され、モ61形・モニ61形はモ260形・モニ260形(モニ61・62・64・65 → モニ261 - 264、モ66・68 - 72・82 - 86 → モ265 - 275)に、ク30形はク100形(ク30 - 34 → ク101 - 105)になった。そして1955年から1956年にかけてすべて鋼体化改造を施され、モ460形・サ300形(261 - 275 → モ461 - 475、ク101 - 105 → サ301 - 305)となる。これらの車両も老朽化や機器が昇圧非対応のため、1969年9月21日の昇圧時に全車廃車された。

参考文献編集

  • 関西鉄道研究会『関西の鉄道』1985 新春号 吉川文夫 華麗なる木造車 近鉄200系