子斑(しはん、生年不詳 - 紀元前662年)は、の第17代君主。名は斑。『春秋左氏伝』は名を般とする。荘公の子。

子斑
17公
王朝
在位期間 前662年 - 前662年
都城 曲阜
姓・諱 姫斑
没年 紀元前662年
荘公
孟任

生涯編集

荘公の夫人の哀姜には子がなかったので、荘公の死の直前に庶子の斑を後継に立てようとした。荘公の三弟の叔牙は、次弟の慶父を立てようとしたが、四弟の季友が斑の立嗣を支持し、荘公の名をもって叔牙に迫って毒酒を飲ませ自殺させた。

紀元前662年8月、荘公が病没すると、季友が斑を魯の君主に立てた。10月、慶父が斑を殺害し、荘公の庶子の啓を魯の君主に立てた(閔公)。季友は陳国に逃亡した。

家庭編集

父:

母:

  • 孟任(魯の大夫党氏の娘)

兄弟:

参考文献編集

  • 韓兆琦『新訳史記読本』、台北、三民書局、2008年2月初版
  • 程發軔『春秋人譜』、台北、台湾商務印書館、1995年1月二版
  • 楊伯峻『春秋左伝注』、高雄、復文図書出版社