メインメニューを開く

宇喜多 秀徳(うきた ひでのり)は、江戸時代中期の人物。浮田半平家の当主浮田秀真の長男。

 
宇喜多秀徳
時代 江戸時代中期
生誕 生年不詳
死没 明和5年6月29日1768年8月11日
別名 通称:孫助
戒名 秀徳院賢誉了哲信士
氏族 宇喜多氏
父母 父:浮田秀真、母:不詳
義父:宇喜多秀保
兄弟 秀真浮田継栄浮田継高浮田継真
(宇喜多秀保の娘)
イマ(宇喜多秀道の室)、ヤス(宇喜多秀美の室)、マス
養子:秀道秀美

生涯編集

八丈島の宇喜多7家の1つ、浮田半平家の当主秀真の長男として生まれる。

宇喜多本家(孫九郎家)の当主宇喜多秀保の死後、娘イワと結婚して孫九郎家を継ぐ。

妻イワとの間に、イマ、ヤス、マスの3女をもうけるが、男子に恵まれず、別の分家・浮田半六家から秀道秀美婿養子に迎える。

明和5年(1768年6月29日死去。

参考文献編集