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安中 草三郎(あんなか そうざぶろう、生没年不詳)は、江戸時代の盗賊である。上州安中の生まれとも信州の生まれとも言われるが、実在しなかったとされることもある。落語講談などに登場する。 よって以下は巷談であり、史実とは異なる場合もある。

空腹のために賊をはたらいたが、一旦は改心し、土浦藩常陸国土屋氏)に武家奉公(剣術修行として藩士に弟子入り)し、安中草三と称して立身を志したが、主人を助けるためとされるが、藩中で刃傷沙汰を起こして罪を得た。土浦で入牢中、兇賊の妙義の白蔵と知り合った。二人は共謀し風雨の夜、脱獄。母親に会いたかったから、ともされるが、ともあれ関八州に手配される身となり、上州や信州の侠客らの世話になり潜伏。博徒として活動する。本人は侠賊と自称したとも。 捜査に当たっていた八州廻りの大沼金七郎を殺害したのち、草三の探索は厳しくなった。草三は梅吉という変名を使っていたが、江戸吉原に登楼中に捕縛された。一説には捜査の手が周辺に及んだことで逃走は不可能と察し、町会所を通して牢破り等の兇状持を自白したとも。

文政年間、町奉行筒井和泉守(筒井政憲か。南町奉行在職1821年-1841年)に取り調べを受け、4年12月、小塚原において処刑されたとされる。 没年36歳という。