安禅寺(あんぜんじ)は新潟県長岡市西蔵王3丁目にある天台宗の寺院。等級は七等。かつては蔵王権現を祀る蔵王堂(現在の金峯神社)の別当寺であった。明治時代に廃仏毀釈により一時廃絶したが、後に復興した。参道には「頼朝の塔」と呼ばれる回国六十六部の納経塔がある。

安禅寺
安禅寺本堂
所在地 新潟県長岡市西蔵王3丁目2-16
位置 北緯37度28分0.9秒東経138度50分56.8秒座標: 北緯37度28分0.9秒 東経138度50分56.8秒
山号 金峰山
宗旨 天台宗
本尊 多聞天
創建年 (伝)和銅元年(708年
開基 僧道昭
中興 義道僧正
正式名 金峰山静観院安禅寺
文化財 毘沙門天立像、不動明王立像(市文化財)      
法人番号 4110005011416 ウィキデータを編集
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歴史編集

和銅元年(708年)に僧道昭により古志郡楡原に開基されたとされる。ちなみにこの翌年に同じく古志郡楡原に蔵王堂が創設されている。蔵王村(現在の蔵王町。旧保倉村)に移転した年月不詳。天文12年(1543年)に当寺の法燈を分採して安善寺が創立される。なお、安善寺の宗旨は曹洞宗慶長19年(1614年)、天海により天台宗に改宗。宝永元年5月(1704年)に中興の義道僧正が示寂すると輪王寺宮御兼帯所となる。正徳 年中に信濃川洪水により廃城となった蔵王堂城跡地に移転し、蔵王堂の別当寺として蔵王堂に奉仕する。

安政2年(1856年)に三芳野千春住職が晋山するが、明治4年、蔵王堂は神祇として金峯神社と改称され安禅寺は廃寺となる。明治18年(1885年)に千春住職により復興。その後、後継者が途絶えたため、現在は上越市五智の明静院が管理。境内の保存維持は地元有志が組織する「蔵王堂城史跡をまもる会」によって行なわれている。

参考文献編集

  • 堀由蔵 「大日本寺院総覧・上巻」(1974年2月10日初版、名著刊行会)
  • 「長岡市史」
  • 鈴木照英 「長岡蔵王堂の中世信仰資料」『長岡市立博物館研究報告』20号、1985年
  • 田所和夫 「蔵王の恩人三芳野千春略伝」『鉄団堀直竒公と蔵王』 堀直竒公顕彰会編、55-65頁