安藤信周

江戸時代中期の旗本。従五位下・大和守。安藤重常の次男。小姓組番頭

安藤 信周(あんどう のぶちか)は、江戸時代中期の旗本官位従五位下大和守

 
安藤信周
時代 江戸時代中期
生誕 貞享4年(1687年
死没 享保12年(1727年
官位 従五位下大和守
幕府 江戸幕府 旗本
主君 徳川家宣家継吉宗
美濃国加納藩世子
氏族 安藤氏
父母 安藤重常安藤信友
安藤信友養女
信尹安藤広猛正室、安藤信友養女、
大久保忠胤養女
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略歴編集

安藤重常上野国高崎藩2代藩主・安藤重長の三男)の次男。高崎藩主から美濃国加納藩初代藩主に転じた安藤信友の養子となる。

初め、父・重常の家督である4600石(旗本)を宝永7年(1710年)に相続する。享保4年(1719年)、小普請組支配。翌享保5年(1720年)、布衣を許された。享保9年(1724年)、小姓組番頭に転じる。享保11年(1726年)、信友の次男・信易が夭折したため、養子となって安藤家嫡子の座に就いたが、翌年死去した。5年後に、長男・信尹が嫡孫承祖により家督を相続する。

系譜編集