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定福寺 (橋本市)

定福寺(じょうふくじ)は、和歌山県橋本市賢堂(かしこど)にある高野山真言宗寺院。山号は紫雲山。本尊阿弥陀如来[1]

定福寺
定福寺本堂
定福寺本堂
所在地 和歌山県橋本市賢堂285[1]
位置 北緯34度18分40秒
東経135度36分46秒
座標: 北緯34度18分40秒 東経135度36分46秒
山号 紫雲山
宗派 高野山真言宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 不明(永禄年間との伝承あり)
文化財 庫裏
木造阿弥陀如来坐像
九重石塔
法人番号 6170005004692
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高野山の参詣道である黒河道の起点に位置しており[1][2]、庫裏は国の登録有形文化財に登録されている[2]

目次

歴史編集

創建時期は明らかでないが、16世紀永禄年間の建立であるとの伝承がある[2]。本尊の木造阿弥陀如来坐像は平安時代中期、10世紀から11世紀の作とみられ[1]、境内にある石造九重塔は銘記から弘安8年(1285年)の建立と判明する[3]

隣接して八幡宮が設置されており、神仏習合の形を残している。

境内編集

  • 九重石塔
  • 十三重石塔
  • 一願大師
  • 八幡宮

文化財編集

  • 庫裏(国の登録有形文化財)
  • 木造阿弥陀如来坐像(秘仏、和歌山県指定文化財)
  • 九重石塔(橋本市指定文化財)

庫裏は入母屋造、桟瓦葺きで、屋根の妻面を漆喰塗とする。鬼瓦に宝暦11年(1761年)の銘があることからこの頃の建立とみられる[2]2006年平成18年)11月29日に国の登録有形文化財に登録された[4]

本尊の木造阿弥陀如来坐像はヒノキの一木造りで、平安時代中期、10世紀から11世紀の作とみられる[1]。像高は88cm。秘仏であり通常は公開されていない。1996年(平成8年)4月17日に和歌山県指定文化財に指定された[5]

九重石塔は基礎部に「弘安第八暦乙酉二月十三日」の銘があり、弘安8年(1285年)の建立と判明する[3]。現在は相輪の6段目から上を欠き、塔身も8重目の屋根石が欠けていて、完形ではないものの、橋本市内における石造層塔の現存例が少ないこと、建立年代が明確であることから資料としての価値が高い[3]。高さ244cm。1981年(昭和56年)8月28日に橋本市指定文化財に指定された[6]

黒河道編集

門前を高野参詣道である黒河道が通っている。定福寺と黒河口女人堂跡間を両端とする約16kmの参詣道で、2016年(平成28年)10月24日には世界遺産(文化遺産)にも登録されている。橋本から高野山への近道とされ、大和国からの参詣人が多いことから「大和口」とも呼ばれた。

年中行事編集

  • はたごんぼ
  • 雑事(ぞうじ)のぼり

交通アクセス編集

鉄道編集

橋本市コミュニティバス編集

  • 中ルートの「賢堂」停留所が近い
  • 右まわり・左まわりそれぞれ3便ずつの運行となっている

脚注編集

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出典編集

  1. ^ a b c d e 定福寺”. 橋本市観光協会. 2017年7月23日閲覧。
  2. ^ a b c d 定福寺庫裏/橋本市ホームページ”. 橋本市役所. 2017年7月23日閲覧。
  3. ^ a b c 定福寺九重塔/橋本市ホームページ”. 橋本市役所. 2017年7月23日閲覧。
  4. ^ 国登録文化財/橋本市ホームページ”. 橋本市役所. 2017年7月23日閲覧。
  5. ^ 和歌山県指定文化財/橋本市ホームページ”. 橋本市役所. 2017年7月23日閲覧。
  6. ^ 橋本市指定文化財/橋本市ホームページ”. 橋本市役所. 2017年7月23日閲覧。

参考文献編集

  • 高野山結界道、不動坂、黒河道、神谷坂及び関連文化財学術調査報告書 2012 和歌山県教育委員会

外部リンク編集