渡舟

小林 萬吾(こばやし まんご、1870年5月31日明治3年5月2日) - 1947年昭和22年)12月6日)は、日本洋画家。アナウンサーの小林完吾南日本放送日本テレビ→フリー)は孫[1]

作品は、外光表現を取り入れた明るい色彩で、穏健な画風の日本洋画の正統派といえる[2]。主題は日本的情趣のある風俗や風景が中心となっている[2]

略歴編集

庄屋の長男として讃岐国三豊郡(現・香川県三豊市)に生まれる[3]漢学を修めた後、松山の官立中学に入学、はじめは安藤仲太郎原田直次郎に師事し[3][4][2]1889年内国勧業博覧会に「芝東照宮図」が入選。1895年黒田清輝主宰の天真道場に入門する[1][4][2]1898年東京美術学校西洋画科選科卒業[5]1900年、流派・白馬会に参加[5]。 1903年内国勧業博覧会三等賞[5]1904年東京美術学校助教授[5]1907年、第1回文展に出品[5]1909年、「渡船」で第3回文展三等賞[5]1911年から1914年まで文部省からの派遣によりフランスイタリアドイツに留学[5][4]1918年、東京美術学校教授[5]1920年、第2回帝展審査員を務める[5]1922年、パリ万国博覧会に出品[5]1930年東京高等師範学校教授。1932年、東京美術学校教授。1934年帝展審査委員。1941年帝国芸術院会員[5]1944年正四位勲三等瑞宝章受章。

1946年頃、軽度の脳溢血で倒れ寝たり起きたりの不自由な身での生活となり[6]、1947年12月6日死去。

脚注編集

  1. ^ a b 小林完吾 1983, p. 29, 1§.
  2. ^ a b c d 小林萬吾”. 富士山NET. 山梨日日新聞社. 2016年9月26日閲覧。
  3. ^ a b 小林完吾 1992, p. 83, I§.
  4. ^ a b c 美術人名辞典『小林萬吾』 - コトバンク
  5. ^ a b c d e f g h i j k 小林 萬吾 画歴”. 松村画廊 (2015年6月14日). 2016年9月26日閲覧。
  6. ^ 小林完吾 & 小林愛子 1996, p. 168, 4§.

参考文献編集