小田切 昌香(おだぎり まさか)は、江戸時代中期の御家人

 
小田切昌香
時代 江戸時代中期
生誕 元禄12年(1699年
死没 享保8年2月10日1723年3月16日[1]
別名 亀三郎[1]
戒名 了意[1]
主君 徳川家宣徳川家継徳川吉宗
氏族 小田切氏
父母 父:小田切昌一、母:仙波太郎兵衛娘[1]
養父:昌能[1]
兄弟 昌能、女子(鎌田清豊妻)、昌香[1]
深津正次[1]
養子:昌民[1]
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経歴・人物編集

宝永2年11月29日1706年1月13日)、兄・昌能の養子として家督を継ぐ[1]。享保8年(1723年)、25歳にて夭折[1]

脚注編集

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  1. ^ a b c d e f g h i j 寛政重修諸家譜』巻第三百九十四