小笠原 忠貞(おがさわら たださだ)は、江戸時代中期の豊前国小倉藩の世嗣。官位織部正遠江守

 
小笠原忠貞
時代 江戸時代中期
生誕 宝永3年(1706年
死没 元文6年1月18日1741年3月5日
官位 織部正遠江守
豊前小倉藩世嗣
氏族 小笠原氏(忠真系府中小笠原氏)
父母 小笠原忠基浅野綱長の娘・梅
兄弟 忠貞長吉長逵久吉長良忠総長周、利代姫、幾姫、幸姫、多賀姫
正室蜂須賀綱矩の娘
永姫
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略歴編集

3代藩主・小笠原忠基の長男として誕生。母は浅野綱長の娘・梅。正室は蜂須賀綱矩の娘。子は永姫(小笠原忠基養女、小笠原長恭正室)。

豊前小倉藩嫡子として生まれ、享保4年(1719年徳川吉宗に拝謁する。享保10年(1725年)叙任するが、家督を継ぐことなく元文6年(1741年)に36歳で早世した。

代わって弟・忠総が嫡子となった。