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山口昌子 (ジャーナリスト)

山口 昌子(やまぐち しょうこ、1940年9月5日[1] - )は、日本のジャーナリスト翻訳家産経新聞パリ支局長時代、日本人ジャーナリストとして初めて、フランス国家功労勲章オフィシエ」を受章した[2]

山口 昌子
(やまぐち しょうこ)
生誕 (1940-09-05) 1940年9月5日(78歳)
国籍 日本の旗 日本
別名産経新聞パリ支局長
教育 慶應義塾大学文学部仏文科
職業 ジャーナリスト
活動期間 1963 – 現在
代表経歴 ボーン・上田記念国際記者賞(1994年)

目次

来歴編集

大連市生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業後、産経新聞社入社。1969年-1970年、フランス政府給費留学生としてパリ国立ジャーナリスト養成所フランス語版で学ぶ。産経新聞教養部、夕刊フジ、外信部次長、特集部編集委員を経て、1990年-2011年の21年間、フランスでパリ支局長を務める。フランソワ・ミッテランジャック・シラクニコラ・サルコジ大統領3代にわたりフランスを取材。1994年ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。2001年フランス政府から「国家功労勲章(L’ORDRE NATIONAL DU MERITE[3])シュバリエ」を受章。2010年には、日本人ジャーナリストとして初めて「国家功労勲章オフィシエ」を受章した。

産経新聞を退職直後の2013年、「レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ」も受章している[4][5]

人物編集

「作家のアルベール・カミュや、アーネスト・ヘミングウェイに憧れて」新聞記者を目指した[6]。夢を叶えた新聞記者生活、その大半をパリ特派員として過ごした山口は、産経新聞を退職する2011年、集大成として「仏はなぜ原発にこだわるか」「仏はなぜデモを愛するのか」「仏はなぜユーロを守るのか」と題し連載。「ちょっと軟弱で、きざで、感傷的な『おフランス』」という、とかく文化大国の面の目立つフランスが、現実逃避せず「原発王国」の道を歩むのは、「フランス人にとって『独立』とは、他者の支配を受けず従属もしない点で、『自由、平等、博愛』と同義語の大原則だ。多少のことでは『脱原発』に宗旨変えできない」ためだとして、フランスの国家アイデンティティーについて語り、この年3月の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故の影響で、政治も人心も右往左往している日本への警鐘とした[7]

著書編集

翻訳編集

脚注編集

関連項目編集