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山田英夫

山田 英夫(やまだ ひでお、1875年明治8年)10月21日[1]) - 1945年昭和20年)5月26日[1][2])は、日本の陸軍軍人政治家華族。最終階級は陸軍歩兵中佐貴族院伯爵議員。旧姓・松平[1]

目次

経歴編集

東京府で元会津藩主・松平容保の三男として生まれ、伯爵・山田繁栄(山田顕義の弟)の養子となる[1][3]。養父の死去に伴い1906年4月12日、伯爵を襲爵した[1][3][4]

陸軍士官学校(8期)に入り[5]1896年11月26日に卒業し[6]1897年6月28日、歩兵少尉に任官[2][7]日露戦争では第3軍監理部副官として出征[3]。以後、歩兵第3連隊中隊長、軍事参議官副官(乃木希典陸軍大将附)、陸軍省軍務局課員、歩兵第67連隊大隊長、近衛歩兵第2連隊大隊長などを歴任[2][3]1916年11月15日、歩兵中佐に昇進し[7]1919年予備役に編入された[2]

1935年4月、貴族院伯爵議員補欠選挙で当選し[8]研究会に所属して活動し、1939年7月まで在任した[2]

親族編集

脚注編集

注釈編集

  1. ^ インパール作戦に従軍し戦死。高木俊朗によると、その死は花谷正に自決を強要されたものであった。高木俊朗『戦死 インパール牽制作戦』文春文庫、1984年、284-295頁。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j 『平成新修旧華族家系大成』下巻、796頁。
  2. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』31頁。
  3. ^ a b c d 『人事興信録』第14版 下、ヤ117頁。
  4. ^ 『官報』第6833号、明治39年4月13日。
  5. ^ 『陸軍士官学校』231頁。
  6. ^ 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』132頁。
  7. ^ a b 『陸軍現役将校同相当官実役停年名簿 大正6年9月1日調』125頁。
  8. ^ 『官報』第2487号、昭和10年4月20日。

参考文献編集

  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』下巻、霞会館、1996年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。
  • 山崎正男編『陸軍士官学校』秋元書房、1969年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年。
  • 陸軍省編『陸軍現役将校同相当官実役停年名簿 大正6年9月1日調』陸軍省、1917年。
爵位
先代:
山田繁栄
伯爵
山田(顕義)家第4代
1906年 - 1945年
次代:
山田顕貞