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岡本城(おかもとじょう)は、千葉県南房総市富浦町豊岡にある日本の城安房里見氏の居城。国の史跡に指定されている[1]

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岡本城
千葉県
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 岡本通輔?
築城年 16世紀
主な改修者 里見義弘
主な城主 岡本随縁斎里見義頼
廃城年 1591年天正19年)
遺構 曲輪
指定文化財 国の史跡
位置 北緯35度03分00.2秒
東経139度50分07.1秒
地図
岡本城の位置(千葉県内)
岡本城
岡本城

概要編集

里見氏は、戦国時代から江戸時代初頭にかけて10代170年にわたり房総半島南部(上総国安房国)を支配した一族で、『房総里見軍記』などの軍記物のほか『南総里見八犬伝』など後世の伝奇小説のモデルになったことでも知られる。

岡本城は、里見氏家臣・岡本通輔の築城と伝わるが、里見氏第7代里見義弘後北条氏に対抗する水軍拠点とするため岡本安泰より譲り受け、1572年(元亀3年)に改修した。義弘の死後は、1580年(天正8年)に嫡男梅王丸と後継を争って勝利した弟里見義頼の本拠となった。1591年(天正19年)、義頼の子・里見義康が本城を館山城に移したことで廃城となった。

城跡は東京湾を望む標高66メートルの丘陵にあり、城域は東西600メートル、南北300メートルに及ぶ。山頂を中心とする8つの曲輪と腰曲輪からなり、山頂から北東に広がる曲輪は港としても機能していたと考えられている[2]。発掘調査では、中国製陶磁器等の遺物や、高層掘立柱建物跡の可能性がある遺構が検出された[3]

1898年(明治31年)、城域東側の聖山の松の木を「里見公遺愛の松」として碑が建立された。1911年(明治44年)には、聖山を「里見義頼公ノ創建セラル岡本城跡」として、里見大権現が奉祀されており、地元の人々が特別な場所として崇拝していた[4]。聖山の松の木は大正末年に枯れてしまったとされ、写真も現存しないとされていたが、2011年に、この松の木が写っている戦前の絵葉書の存在が確認された[5]

2012年(平成24年)1月24日、「里見氏城跡 稲村城跡 岡本城跡」として、稲村城とともに国の史跡に指定された。

脚注編集

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  1. ^ 里見氏城跡 稲村城跡 岡本城跡 - 国指定文化財等データベース(文化庁)、2018年12月18日閲覧。
  2. ^ 里見氏城跡岡本城跡 - 千葉県、2018年12月18日閲覧
  3. ^ 館山市立博物館 1993.
  4. ^ 小高春雄「岡本城に関する伝承」『千葉県南房総市岡本城跡調査報告書』南房総市教育委員会、2010年。
  5. ^ 滝川恒昭「安房国岡本城跡の古写真」『千葉城郭研究』10号、2011年。

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集