岡部千仭天保13年(1842年)10月25日明治41年(1908年)7月26日)は、福岡藩武士(城代組)で漢学者。後に福岡県福岡市博多に居住した。教え子に山梨県出身の郷土史家で漢詩人村松志孝らがいる[要出典]

概要

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父の岡部榴園から漢学を学び、やはり父の教え子であった安川敬一郎は遠縁にあたる。教育者岡部峯吉養子

後半生は市川大門の私塾「修齊(しゅうせい)學舎」で漢学を教える(明治17年同41年) [要出典]

主な著作

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  • 岡部千仭「造物主ワ御靈物ノ奴隷ナリ」『黄金雑誌』第2号、黄金館、東京、1890年6月、22-24 (コマ番号0015.jp2-)、doi:10.11501/1539375全国書誌番号:00008256 国立国会図書館/図書館送信参加館内公開。

墓所

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聖福寺

脚注

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