常妃 (道光帝)
常妃(じょうひ、満洲語: ᡝᠨᡨᡝᡥᡝᠩᡤᡝ
ᡶᡝᡳ 転写:entehengge fei[1]、1808年12月31日(嘉慶13年11月15日巳時[2]) - 1860年10月7日)は、清の道光帝の側室。満洲正白旗の出身。姓はヘシェリ(赫舎里)氏(Hešeri hala)。
生涯 編集
道光9年(1829年)、「常貴人」に封ぜられた。咸豊帝の即位後、常嬪に尊封された。
1860年10月7日(咸豊10年8月25日)、円明園がイギリス・フランス連合軍により破壊された時に驚愕し、円明園で薨去した。同治帝が即位すると、常妃に追封され、慕陵の妃園寝に陪葬された。
脚注 編集
参考文献 編集
- 『清宣宗実録』
- 『清史稿』文宗本紀