広瀬貞雄 (実業家)

広瀬 貞雄(ひろせ さだお、1933年昭和8年)1月2日 - 2020年 (令和2年) 2月7日)は、日本の実業家富士紡績元代表取締役社長。廣瀬資料館理事長[1]日田広瀬家第11代当主。江戸時代の儒学者広瀬淡窓の弟・広瀬久兵衛の子孫である。

経歴編集

  • 1933年1月 - 大分県日田市に生まれる。広瀬正雄の長男[2]
  • 1951年3月 - 福岡県立修猷館高等学校卒業[1]
  • 1955年3月 - 九州大学経済学部卒業。
  • 1955年4月 - 富士紡績入社。
  • 1984年5月 - 同製品部長。
  • 1986年2月 - 同東京営業部長兼務。
  • 1986年7月 - 同取締役。
  • 1990年6月 - 同取締役常務。
  • 1991年6月 - 同代表取締役社長。
  • 1998年6月 - 同代表取締役会長。
  • 1999年1月 - 同取締役相談役。
  • 1999年6月 - 同相談役。
  • 2020年2月 - 死去[3]。87歳没。

授章編集

家族・親族編集

父は日田市長、佐藤内閣郵政大臣などを歴任した日田広瀬家第10代当主広瀬正雄。実弟にテレビ朝日会長、日本民間放送連盟会長を務めた広瀬道貞通商産業事務次官の後、大分県知事を務める広瀬勝貞興銀証券常務を務めた広瀬興貞がいる。  

脚注編集

  1. ^ a b 「広瀬淡窓と日田」広瀬家第11代 廣瀬貞雄氏、東京修猷会 第518回二木会、2005年2月10日(木)学士会館。
  2. ^ 『大衆人事録 第二十三版 西日本編』727頁。
  3. ^ 広瀬貞雄氏が死去 元富士紡績(現富士紡ホールディングス)社長” (日本語). 日本経済新聞 (2020年2月17日). 2020年2月17日閲覧。

参考文献編集

  • 広瀬弘『大衆人事録 第二十三版 西日本編』帝国秘密探偵社、1963年。
  • 『人事興信録 第45版(下巻)』興信データ、2009年。