日田市

日本の大分県の市

日田市(ひたし)は、大分県の北西部に位置するである。福岡県熊本県県境を接する。

ひたし
日田市
Gion fesutebaru Hita Oita Japan 7.jpg
日田祇園祭
市庁舎位置
Flag of Hita, Oita.svg Symbol of Hita Oita.svg
日田市旗
1941年5月5日制定
日田市章
1941年5月5日制定
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 大分県
市町村コード 44204-6
法人番号 2000020442046 ウィキデータを編集
面積 666.03km2
総人口 62,797[編集]
推計人口、2020年1月1日)
人口密度 94.3人/km2
隣接自治体 中津市玖珠郡玖珠町
熊本県山鹿市菊池市阿蘇市阿蘇郡南小国町小国町
福岡県うきは市八女市朝倉市田川郡添田町朝倉郡東峰村
市の木 サザンカ
市の花 アヤメ
市の鳥 セキレイ
日田市役所
市長 原田啓介
所在地 877-8601
大分県日田市田島二丁目6番1号
北緯33度19分16.7秒東経130度56分28.1秒座標: 北緯33度19分16.7秒 東経130度56分28.1秒
日田市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

日田市位置図

― 市 / ― 町・村

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地理編集

大分県に属するが、筑後川水系にあるため歴史的に福岡県の筑後筑前地方とのつながりが強い。この地域の方言である日田弁肥筑方言の特徴を持つ。周囲を山に囲まれた典型的な盆地であり、多くの河川が流れ込み「水郷(すいきょう)」を形成している。 日田盆地周囲の山地は、標高がおよそ1,000メートル、旧前津江村中津江村上津江村がある山間部では、標高が1,200メートルほどになる地域がある。

日田盆地に流れ込む多くの河川は、三隈川筑後川)に合流する。これらの河川は江戸時代末期には、日田周囲の地域で伐採された木材などの物産を、筑後川下流の久留米大川といった都市まで輸送する物流手段として欠かせないものとなった。この日田川通船は、夜明ダムが建設されたことで終わりを迎えた。

気候編集

九州型の太平洋側気候。盆地のため夏と冬、朝晩の気温差が大きい。年降水量は1800mmと比較的多く、梅雨期に年間降水量の3分の1以上が集中する。過去にも度々梅雨末期の集中豪雨に見舞われ、大きな被害を出してきた。盆地であるため春から秋にかけては朝夕に地元では「底霧」と呼ばれている深いが発生しやすく、過去には霧日数が年間100日を超えたこともある。

暖候期は全国でも特に最高気温が上がりやすい地点の一つであり、春から初夏の早い時期から暖気に覆われると真夏日猛暑日となることがある。夏は猛暑日となる日が多く、その日の国内最高気温を記録することも珍しくないが、熱帯夜となる日は多くない。最高気温が35℃を超える猛暑日となる日も多く、年間猛暑日数45日、連続猛暑日22日(ともに1994年)の国内最多記録を持つ[1]

一方、冬は1月の平均気温が3.9℃と九州の都市としては寒さが厳しく、冬日が多くなる。放射冷却がよく効いた日は氷点下5℃以下まで下がることもあり、近年でも2012年2月3日に-9.1℃を記録している。大分県内においては比較的積雪が多い地域で、2001年までの記録では盆地の市街地での積雪は多くの年で10cm以下であるが、2003年1月5日に旧耶馬溪町での委託観測で30cmを観測したこともあるなど、山間部では30cm以上に達することもある。

旧前津江村の椿ヶ鼻アメダスでは例年3000~4000mmの年降水量を観測するなど山間部では降水量が非常に多い。それがの生育を早めるため、林業地域としての日田に寄与している部分もある一方で、土砂崩れのような自然災害を発生させる原因ともなっている。

かつては有人の気象官署があったが、2001年に無人化され日田地域特別気象観測所(アメダス)へと格下げされ、積雪や雷日数などの項目について観測がされなくなった。

  • 気温 - 最高39.9℃(2018年(平成30年)8月13日)、最低-10.8℃(1945年(昭和20年)1月19日)
  • 最大降水量 - 292.4ミリ(1953年(昭和28年)6月24日
  • 最大瞬間風速 - 50.2メートル(2004年(平成16年)9月7日
  • 夏日最多日数 - 173日(2005年(平成17年))
  • 真夏日最多日数 - 109日(2005年(平成17年))
  • 猛暑日最多日数 - 45日(1994年(平成6年))
  • 熱帯夜最多日数 - 13日(1994年(平成6年))
  • 冬日最多日数 - 106日(1943年(昭和18年))
  • 猛暑日最早日 - 2013年5月24日
日田特別地域気象観測所(平均値:1981-2010、極値:1942-現在)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 21.5
(70.7)
25.2
(77.4)
27.7
(81.9)
31.3
(88.3)
36.3
(97.3)
37.1
(98.8)
39.3
(102.7)
39.9
(103.8)
38.0
(100.4)
33.2
(91.8)
27.3
(81.1)
24.7
(76.5)
39.9
(103.8)
平均最高気温 °C (°F) 9.6
(49.3)
11.4
(52.5)
15.1
(59.2)
21.2
(70.2)
25.8
(78.4)
28.5
(83.3)
32.1
(89.8)
33.2
(91.8)
29.2
(84.6)
23.8
(74.8)
17.7
(63.9)
12.1
(53.8)
21.64
(70.97)
日平均気温 °C (°F) 3.9
(39)
5.3
(41.5)
8.9
(48)
14.2
(57.6)
19.0
(66.2)
22.8
(73)
26.6
(79.9)
27.1
(80.8)
23.3
(73.9)
17.1
(62.8)
11.2
(52.2)
5.9
(42.6)
15.44
(59.79)
平均最低気温 °C (°F) −0.5
(31.1)
0.3
(32.5)
3.4
(38.1)
7.9
(46.2)
13.0
(55.4)
18.2
(64.8)
22.5
(72.5)
22.7
(72.9)
19.0
(66.2)
11.9
(53.4)
6.1
(43)
1.1
(34)
10.47
(50.84)
最低気温記録 °C (°F) −10.8
(12.6)
−9.9
(14.2)
−7.8
(18)
−4.4
(24.1)
1.2
(34.2)
7.1
(44.8)
12.7
(54.9)
14.1
(57.4)
5.9
(42.6)
−0.2
(31.6)
−4.9
(23.2)
−7.8
(18)
−10.8
(12.6)
降水量 mm (inch) 64.8
(2.551)
83.2
(3.276)
132.2
(5.205)
128.7
(5.067)
177.1
(6.972)
353.1
(13.902)
333.4
(13.126)
168.2
(6.622)
167.5
(6.594)
77.6
(3.055)
71.5
(2.815)
53.1
(2.091)
1,810.4
(71.276)
平均降水日数 (≥ 1.0 mm) 9.1 8.8 11.4 9.8 9.6 12.7 12.7 10.2 9.6 6.5 7.4 7.6 115.4
平均月間日照時間 113.3 125.5 145.1 173.5 183.5 137.4 164.6 192.3 151.3 165.3 129.9 118.5 1,800.2
出典: 気象庁

隣接している自治体編集


地名編集

市制施行当初は32大字からなっていた。

  • 北豆田、隈(1968年消滅)、庄手、竹田、豆田、南豆田(以上、旧日田町
  • 十二町、友田、渡里(以上、旧光岡村)
  • 上野、高瀬(以上、旧高瀬村
  • 花月、三和(以上、旧三花村)
  • 求来里、田島、日高(以上、旧三芳村)
  • 有田、西有田(以上、旧西有田村)
  • 小迫、二串、山田(以上、旧朝日村)
  • 石井、内河野、小山、川下、堂尾(以上、旧五和村
  • 小野(旧小野村)
  • 大肥、鶴河内(以上、旧大鶴村
  • 羽田、東有田(以上、旧東有田村)
  • 夜明(旧夜明村)

1966年から1968年にかけて中心部で住居表示を実施した。

  • 上城内町(1966年、北豆田・田島から発足)
  • 城町1丁目〜2丁目(1966年、北豆田から発足)
  • 田島1丁目〜2丁目(1966年、田島・日高・竹田から発足)
  • 淡窓1丁目〜2丁目(1966年、南豆田・田島・十二町から発足)
  • 中城町(1966年、南豆田・北豆田・田島・十二町から発足)
  • 豆田町(1966年、南豆田・北豆田から発足)
  • 丸の内町(1966年、南豆田・渡里から発足)
  • 港町(1966年、南豆田から発足)
  • 三本松1丁目〜2丁目(1967年、南豆田・庄手・十二町から発足)
  • 三本松新町(1967年、十二町から発足)
  • 田島本町(1967年、竹田・田島から発足)
  • 中央1丁目〜2丁目(1967年、南豆田・竹田・庄手・田島から発足)
  • 吹上町(1967年、北豆田・渡里・友田から発足)
  • 本庄町(1967年、庄手・竹田から発足)
  • 本町(1967年、竹田から発足)
  • 丸山1丁目〜2丁目(1967年、北豆田・渡里から発足)
  • 南元町(1967年、竹田・日高から発足)
  • 元町(1967年、竹田・田島から発足)
  • 川原町(1968年、竹田・隈から発足)
  • 亀山町(1968年、竹田・庄手から発足)
  • 隈1丁目〜2丁目(1968年、竹田・隈・庄手から発足)
  • 竹田新町(1968年、竹田から発足)
  • 中本町(1968年、竹田から発足)
  • 東町(1968年、竹田から発足)
  • 若宮町(1968年、竹田・日高から発足)
  • 下井手町(日高から発足。年不詳)
  • 三芳小渕町(日高から発足。年不詳)
  • 刃連町(日高から発足。年不詳)
平成の大合併

平成の大合併で2町3村を編入合併した。これらの地区は従来の大字の前に、旧町村名を冠した「○○町」の町名を冠している。ただし、中津江村は「中津江」を冠している。

  • 前津江町赤石、前津江町大野、前津江町柚木(以上、旧前津江村)
  • 中津江村合瀬、中津江村栃野(以上、旧中津江村)
  • 上津江町上野田、上津江町川原(以上、旧上津江村)
  • 大山町西大山、大山町東大山(以上、旧大山村
  • 天瀬町赤岩、天瀬町女子畑、天瀬町合田、天瀬町桜竹、天瀬町湯山(以上、旧中川村)
  • 天瀬町馬原(旧馬原村)
  • 天瀬町五馬市、天瀬町出口、天瀬町塚田、天瀬町本城(以上、旧五馬村)

通称町名編集

旧日田市の大字地区では、日常的に通称町名が用いられている。以下、その一覧である。

  • 有田 - 有田町、尾当町、中尾町、三池町、水目町
  • 石井 - 石井町1丁目〜3丁目
  • 内河野 - 内河町
  • 上野 - 上野町
  • 大肥 - 大鶴町、大肥本町、大肥町
  • 小迫 - 朝日ヶ丘、朝日町、小迫町
  • 小野 - 鈴連町、殿町、三河町、源栄町
  • 小山 - 小山町
  • 花月 - 秋原町、市ノ瀬町、小河内町、伏木町、藤山町
  • 川下 - 高井町
  • 北豆田 - 秋山町、城内新町
  • 求来里 - 神来町、求町
  • 庄手 - 亀川町、中釣町、中ノ島町、日ノ隈町
  • 十二町 - 玉川町、新治町
  • 高瀬 - 大宮町、京町、串川町1丁目〜2丁目、琴平町、誠和町、銭渕町、高瀬本町、大日町、南部町、八幡町
  • 鶴河内 - 大鶴本町、上宮町、鶴河内町、鶴城町
  • 友田 - 北友田1丁目〜3丁目、南友田町
  • 堂尾 - 緑町1丁目〜2丁目
  • 二串 - 君迫町、二串町
  • 西有田 - 石松町、坂井町、三ノ宮町1丁目〜2丁目、上手町
  • 羽田 - 岩美町、羽田町、東羽田町、日の本町
  • 東有田 - 池辺町、上諸留町、月出町、松野町、諸留町
  • 日高 - 大部町、小ヶ瀬町、古金町、日高町、桃山町
  • 三和 - 財津町、清水町、天神町
  • 山田 - 山田町
  • 夜明 - 夜明上町、夜明関町、夜明中町
  • 渡里 - 清岸寺町、日ノ出町

歴史編集

地名の由来編集

令制国としては豊後国に属した。「日田」の地名の由来にはいくつかの説があり定かではない。

720年から740年頃に成立した『豊後国風土記』では、景行天皇が九州遠征時に浮羽から日田に立ち寄った際に、「久津媛」(ひさつひめ)と名乗る神が人となり現れたことに因んで名づけられたもので、後に久津媛が訛って「日田」になったとしている。

また、承平年間(931年 - 938年)に成立した『和名類聚抄』では、日高郡とされており、「比多」の訓が付されている(元和古活字本巻5)。現在も三芳地区には「日高町」という地名が残っている。

江戸時代に成立した『豊西記』には、「湖であった日田盆地に大鷹が東から飛んできて湖水に羽を浸し、羽ばたき、旭日の中を北へ去ると、湖水は轟々と抜けて干潟となった。そして日隈、月隈、星隈の三丘が現れた。」という「日と鷹神話」があり、それよりヒタカと呼ばれるようになったという。

先史・古代編集

小迫辻原遺跡より、3世紀末から4世紀初頭にかけての豪族の環濠居館の跡が出土している。また、ダンワラ古墳からは1世紀 - 3世紀頃の漢鏡と推定される金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡(国の重要文化財)が出土している。この鏡には卑弥呼の鏡ではないかとの説もあり、2009年に九州国立博物館4周年特別展で展示された際には「卑弥呼の鏡か?」とのコピーとともにPRされた。

学術的には偽書とされる『先代旧事本紀』国造本紀に、古代ヒタにおいての国造には、「成務天皇の時代に葛城国造同祖、鳥羽足尼宿禰)を定めた。」とある。止波宿禰(鳥羽宿禰)は、470年以降(古墳時代後期)に靱編連(ユギアミノムラジ。現在の日田市刃連町付近)に会所宮(現在の会所山久津媛神社周辺)とよばれた屋敷に居住し、村人に農業などを指南した人物として『豊日志』(現存せず)に記されていたとされる。

『豊後国風土記』靭編郡の条には、欽明天皇の時代、日下部氏の祖である邑阿自(オウアジ)が靱部として仕えており、村について家を構えた。これにより靭負(ユギオイ)村とよび、後に靭編(ユギアミ)郡と呼んだとある。ちなみにユギオイとは、靭(ユギ・ユキ、矢を入れる容器)を使用する者をいい、ユギアミとは、靭を作る者のことをいう。大化の改新後は郡司に任ぜられ、大蔵氏 (豊後国)が郡司に就くまで日田の支配権を握っていたと考えられている。

古代 - 中世編集

834年頃に、在地小豪族の大蔵氏(大蔵氏の庶家)が居付いたとされている。日田大蔵氏に関しては中井王の子孫であるという説もあるが、一方、宇佐を本拠としていた大蔵鬼蔵大夫永弘が日田に居付いて、日田大蔵氏となったという説もあり、渡来の秦氏であるというものまであるので定かではない。

日田城および大蔵館(鷹城)、現在の慈眼山公園を拠点に栄華を極め、1444年まで590余年一系を保った。家臣たちにより16代永包を殺害した永好を美濃国で殺害[2]し、豊後の大蔵氏は滅亡する。その後、大友氏より親満(永世)を養子に受けて大友系日田氏として再興するが、1548年に滅亡する。以降は、大友義鑑が選出した旧豊後大蔵氏一族の郡老8名が政治を執り行った[3]

近世編集

 
日田市内豆田町の町並み

1593年、豊後国を治めていた大友義統文禄・慶長の役において敵前逃亡の責めを負って改易され、領国内であった日田郡は蔵入地豊臣家直轄地)となり、宮部継潤らによる検地(太閤検地)が行われた。宮木豊盛代官として入領して日隈城(隈城)を築き、のち毛利高政が日隈城に入城して日田郡2万石および玖珠郡を治めた。1600年の関ヶ原の戦いで毛利高政は西軍につき、日隈城は豊後国内の攻略を行っていた黒田孝高勢と講和して開城。毛利氏は豊後国佐伯への転封となり、日田は黒田孝高家臣の栗山善助預かりとなって日隈城に詰めた。

1601年、小川光氏が日田郡に入領し日田盆地北部にある丸山(月隈山)に丸山城を築城。日田郡の内、丸山城を中心とする北部を小川氏、日隈城を中心とする南部を栗山氏に代わって毛利氏預地として治めるところとなった。1616年、小川氏に代わり石川忠総が丸山城に入城。城を改修して永山城と改名し、城下町も移転して豆田町と改める。1633年、石川氏が下総国佐倉藩に移封となり、中津藩杵築藩の預地となる。1639年、江戸幕府直轄領となり、初代代官の小川藤左衛門、小川九左衛門は城を廃して麓に陣屋を置いた。その後、幕府の直轄領である支配所(天領)や他藩の預地、松平直矩などいくつかの大名支配を経て、1686年以降は大名が入封することなく明治まで幕府の支配所となり、幕府が任じた代官が赴任するところとなった。

江戸中期の1767年、日田代官の揖斐政俊が西国郡代に格上げされ、それ以降は九州の支配所を治める郡代支配の拠点となった。最後の郡代は窪田鎮勝享保19年(1734年)当時には、豊前豊後日向筑前の直轄地合わせて12万石を支配し、江戸末期には16万石にもなった。

文化編集

江戸時代に大坂江戸を手本に町人文化が繁栄し、現在でも小京都などと呼ばれる。特に、代官・郡代により掛屋に指定された商人は大名貸の金利などにより利益を得ており、その利益や蓄えを俗に日田金(ひたがね)といった。日田金は一例として、広瀬淡窓の弟である6世広瀬久兵衛(ひろせきゅうべい、1790年 - 1872年)による治水工事(小ヶ瀬井路)や通船用への川の整備、干潟の干拓(呉崎新田・久兵衛新田(宇佐)など)工事などの事業、大名の財政再建などに投じられている。

幕末に広瀬淡窓の開いた私塾咸宜園には日本中から塾生が集まった。塾生には蘭学者の高野長英や近代軍隊の基礎を築いた大村益次郎などがいる。

近現代編集

 
1956年当時の市域

1868年(慶応4年)より支配所(幕府直轄領)は天朝御料(天領)に編入され、西国郡代の支配下にあった支配所地方行政として日田県が置かれた。松方正義を知事として迎えて旧日田陣屋および永山城跡に県庁が置かれたが、その4年後の1872年に日田県は廃止となり、日田県内の日田郡は大分県へ編入された。

1889年(明治22年)の町村制度施行の際における日田郡全域が現在の市域にあたる(一部で部分的な編入などによる例外あり)。

歴代市長編集

氏名 就任年月日 退任年月日 備考
首藤今四郎 1941年3月 1945年3月
2 伊東政喜 1945年3月 1945年12月
3-5 広瀬正雄 1945年12月 1952年10月
6-9 岩尾精一 1952年10月 1968年10月
10-12 畑英次郎 1968年10月 1979年7月 衆院選出馬のため辞職
13-16 石松安次 1979年8月5日 1995年8月4日
17-19 大石昭忠 1995年8月5日 2007年8月4日
20 佐藤陽一 2007年8月5日 2011年8月4日
21-22 原田啓介 2011年8月5日 現職

市政編集

市長編集

市議会編集

  • 定数: 22人[4]
  • 任期: 2023年4月30日

国政・県政編集

国政編集

衆議院小選挙区選挙では、大分2区に属する。直近の第48回衆議院議員総選挙2017年10月)での選出議員は以下のとおり。

なお、吉川元社会民主党)が比例で復活当選している。

県政編集

大分県議会議員選挙では、本市でひとつの選挙区をなす。定数は3人。直近の第18回統一地方選挙2015年4月)での選出議員は以下のとおり[5][6]

  • 井上明夫(自由民主党)
  • 井上伸史(自由民主党)
  • 羽野武男(県民クラブ

公共機関編集

国の行政機関編集

法務省

財務省

厚生労働省

農林水産省

国土交通省

  • 九州地方整備局大分河川国道事務所日田国道維持出張所
  • 筑後川河川事務所日田出張所
  • 筑後川ダム統合管理事務所松原ダム管理支所

司法機関編集

福岡高等裁判所

独立行政法人編集

県の行政機関編集

経済編集

伝統工芸編集

 
小鹿田焼

産業編集

古くから市周囲の山間部での林業が栄えた。特に杉は「日田杉」と呼ばれ、日田杉を用いた下駄作りや漆器などの木工業が盛んになった。近年は外国産の安い木材の輸入増加などをうけ、林業自体が以前に比べて衰退傾向にある。

農業は、広くまとまった耕地が確保しにくいため1960年代以降、米作中心からキノコなど山間地に適した作物へ転換を進めた。販売や観光と組み合わせる6次産業化にも力を入れている。市内にある農業協同組合のうち大分大山町農協は直営店「木の花ガルテン」を大分県内各地や福岡市にも展開しているほか、里山を整備して観光施設化した「五馬媛(いつまひめ)の里」を2015年開園した[7]

この他、三隈川ではなどを対象とした内水面漁業が行われる。

良質の水でも知られる。後述の日田天領水のほか、井上酒造、クンチョウ酒造、老松酒造など日本酒焼酎酒造業も古くから存在する。

近年はTDK三隈川工場(1982年 - )、SWS西日本(旧九州住電装、1993年 - )等の工場や、サッポロビール九州日田工場(2000年 - )、三和酒類日田蒸留所(2002年 - )(ニッカウヰスキー九州工場〈1989年 - 1999年〉跡)等の食品工業が進出している。

日田市に本社を置く企業編集

主要大規模小売店舗編集

日田市街地
郊外

中心商店街編集

  • 日田中央商店街
  • 三本松商店街
  • 寿通り商店街
  • 豆田町商店街

地域編集

人口編集

 
日田市と全国の年齢別人口分布(2005年) 日田市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 日田市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
 

日田市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


教育編集

高等学校編集

公立
私立

中学校編集

  • 日田市立東部中学校
  • 日田市立南部中学校
  • 日田市立北部中学校
  • 日田市立三隈中学校
  • 日田市立大明中学校
  • 日田市立戸山中学校
  • 日田市立東有田中学校
  • 日田市立前津江中学校
  • 日田市立津江中学校
  • 日田市立大山中学校
  • 日田市立東渓中学校
  • 日田市立五馬中学校

小学校編集

  • 日田市立咸宜小学校
  • 日田市立桂林小学校
  • 日田市立日隈小学校
  • 日田市立若宮小学校
  • 日田市立三芳小学校
  • 日田市立高瀬小学校
  • 日田市立光岡小学校
  • 日田市立朝日小学校
  • 日田市立三和小学校
  • 日田市立有田小学校
  • 日田市立小野小学校
  • 日田市立大明小学校
  • 日田市立石井小学校
  • 日田市立前津江小学校
  • 日田市立津江小学校
  • 日田市立大山小学校
  • 日田市立東渓小学校
  • 日田市立いつま小学校

特別支援学校編集

  • 大分県立日田支援学校

交通編集

鉄道路線編集

 
九州豪雨により鉄橋が崩壊したJR久大本線(2017年7月7日)

空港編集

最寄り空港は福岡空港。高速バス「ひた号」(#高速バス参照)の空港経由便(所要時間約85分[8])が、30分から1時間間隔で運行されている。

大分空港へは自動車で約90分[9]。ただし、直通する公共交通はない(久大本線由布院駅等でリムジンバスへの乗り換えが必要)[10]

バス編集

市内各地・周辺各地への路線バスがある。市中心部(日田駅前)の日田バスターミナルが主な拠点となっている。

高速バス編集

一般路線バス編集

コミュニティバス編集

道路編集

高速道路編集

一般国道編集

県道編集

主要地方道

名所・旧跡編集

 
豆田町(左は草野本家)
 
隈町河川敷の町並み
 
皿山
豆田地区
隈・竹田地区
郊外
  • 行徳家住居(国重文・夜明関町)
  • 井上家住宅(国登録有形文化財・鶴河内町)
  • 皿山(重要無形文化財)
大山地区
  • 旧矢羽田家住宅(国重文)
津江地区

神社仏閣編集

神社
  • 大原八幡宮(田島町)
  • 八坂神社(隈町)
  • 日田神社(城町)
  • 日隈神社と松方神社跡(亀山公園)
  • 大野老松天満社(前津江町) - 旧本殿は室町時代の建立で国重文。
寺院
  • 伝来寺(伝来寺庭園、大分県の名勝
  • 岳林寺
  • 永興寺(慈眼山公園、慈眼山仏像収蔵庫。安置の永興寺仏像は国重文)
  • 長福寺(本堂は国重文)
神仏習合の社寺

史跡(古代)編集

古墳
  • 穴観音古墳(国史跡、内河町)
  • 法恩寺山古墳群(国史跡、刃連町)
  • ガランドヤ古墳(国史跡、石井町)
  • 城山古墳(諸留町)
  • 薬師堂山古墳(田島町)
  • 朝日天神山古墳(小迫町)
  • 丸山古墳(城町)
  • 姫塚古墳(高瀬本町)
  • 平島古墳(諸留町)
  • 惣田塚古墳(琴平町)
  • 三郎丸古墳(北友田)
遺跡
  • 小迫辻原遺跡(国史跡・小迫町)
  • 吹上遺跡(吹上町、小迫町、渡里町)

公園編集

自然・天然記念物編集

温泉編集

 
天ヶ瀬温泉

祭事・催事編集

 
日田祇園祭の山鉾(山車)
 
日田天領まつり(千年あかり)の様子

選定編集

食文化編集

日田市出身有名人・ゆかりの人物編集

出身者編集

政治家
軍人
実業家
学者
作家・ジャーナリスト
画家
漫画家
音楽家
俳優・芸能関係者
マスコミ関係者
スポーツ関係者

ゆかりのある人物編集

日田市を舞台とした作品編集

マスコットキャラクター編集

脚注編集

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  1. ^ “日田市が猛暑“2冠””. 大分合同新聞. (2013年8月20日). オリジナルの2013年8月30日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130830043916/http://www.oita-press.co.jp:80/localNews/2013_137696199017.html 
  2. ^ 木藪正道著『日田の歴史を歩く』芸文社 1990年
  3. ^ 長順一郎著『総合村落史考』歴研 2001年
  4. ^ “日田市議選26人出馬準備 津久見市は無投票か 6市議選14日告示”. 西日本新聞. (2019年4月13日). https://www.nishinippon.co.jp/nnp/unified_local_election_oita/article/502264/ 2019年5月13日閲覧。 
  5. ^ 開票結果-道府県議選・大分県【統一地方選2015】 読売新聞
  6. ^ 選挙区別議員名簿 大分県ホームページ
  7. ^ 【イキイキ地域】大分県日田市/農村の安らぎで癒し『日経MJ』2018年4月30日(街づくり面)。
  8. ^ ひたへのアクセス 一般社団法人 日田市観光協会
  9. ^ 車 交通アクセス 大分空港
  10. ^ 各地へのアクセス 交通アクセス 大分空港
  11. ^ 福岡・福岡空港 〜 日田 (ひた号) 西鉄くらしネット(西日本鉄道)
  12. ^ シオジ原生林”. おいでひた.com. 日田市観光協会. 2019年6月22日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集