戸田 光直(とだ みつなお、明暦3年(1657年) - 享保元年8月2日1716年9月17日))は、江戸時代中期の旗本。北方戸田家初代。

美濃加納藩初代藩主松平光重の三男。2代藩主松平光永の弟。正室は溝口宣就の娘。子に戸田光言がいる。幼名は千代松、通称は孫七郎、内蔵助。初名は光賢。

寛文8年(1668年)、兄の光永が家督を相続した際、同国本巣郡席田郡5,000石を分知される。同年10月11日、将軍徳川家綱に拝謁し、寄合に列する。

元禄3年(1690年)7月10日に定火消となるが、元禄14年(1701年)に懈怠により小普請に降格となる。

享保元年(1716年)没、享年60。小石川祥雲寺に葬られた。子孫は幕末まで旗本として存続する。

参考文献編集