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朝日氏(あさひし)は、日本氏族の一つ。

  1. 武藤氏少弐氏)庶流の朝日氏。
    少弐盛経の子の資法を祖とし、鎌倉時代末期から戦国時代初期にかけて、肥前朝日山(旭山)を周辺の地に割拠し、少弐氏の勢力を支えたが、室町時代以降、大内氏との抗争に少弐氏が敗れ衰退すると、ともに没落の道を歩み、享禄年間に最後の当主頼貫が死去し(大内義興との戦いで戦死したとも、大内氏に服属したものの田手畷の戦いで討たれたとも)、断絶した。朝日氏の旧領は大内氏代官が支配した。
  2. 戦国期は武田信玄に仕えていたという尾張藩士朝日文左衛門家[1]
  3. 朝日将軍木曾義仲後裔遠江出身の袴田氏[2]が後に改姓し、朝日重政菅沼定利から徳川家康結城秀康松平忠直松平直政へ歴仕して出雲松江藩家老連綿となった家系
  4. 藤原氏庶流と伝わる津軽朝日氏。
    康永3年(興国5・1344)、藤原藤房津軽に入り、その子景房飯詰城を築き朝日氏を名乗ったという。陸奥飯詰城主。南部氏配下。天正6年(1578)、朝日行安大浦為信に居城を攻められ、一族は皆殺しにされ滅亡した。(『東日流外三郡誌』などの著者・和田喜八郎による)

脚注編集

  1. ^ 神坂次郎『元禄御畳奉行の日記』1984年9月中公新書・740)ISBN 9784121007407
  2. ^ 袴田羽鎌田