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木内 信胤(きうち のぶたね、1899年7月30日 - 1993年12月5日)は、日本経済評論家日蓮宗[1]

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生涯編集

木内重四郎・磯路夫妻の次男として東京府(現・東京都)に生まれる。父・重四郎は内務官僚で、母・磯路は三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の次女。従って三菱の3代目総帥・岩崎久弥は母方の伯父にあたり、エリザベス・サンダースホームの創設者・沢田美喜は母方の従妹ということになる。また妹・登喜子は渋沢敬三に嫁ぎ、多代夫人は福澤諭吉の孫娘にあたる。兄・良胤と甥・昭胤(良胤の長男)はともに外交官。元衆議院議員木内孝胤は昭胤の次男なので、信胤は孝胤の大叔父にあたる。家柄もあって、白洲次郎と親しくなった。

旧制一高時代は野球部で活動。1918年、名投手・内村祐之内村鑑三の長男)らと一高が早稲田・慶應義塾を久しぶりに撃破し野球界の覇者に復帰した年は一年生でレフトを守った。三年時には四番捕手・主将を務めた。

財界では、主にアメリカの民間投資を受けていた14の日本企業の代表者から成る外資導入懇談会 (FIC) のトップを務めた。

吉田茂のブレーンであり、池田勇人佐藤栄作の御意見番でもあったことから「歴代内閣の経済指南番」と呼ばれた。

音楽にも造詣が深く、アマチュア合唱団「宗教音楽研究会合唱団」の会長を務めていた。

略歴編集

著書編集

  • 外国為替の話 同友社, 1948.
  • 綜合經濟政策の提案 眞日本社, 1948.4.
  • 物価体系再建論 インフレの収束と統制の整理のために 日本経済復興協会出版部, 1948.
  • 国の個性 その発見のために 文芸春秋新社, 1955.
  • 綜合経済政策の提案 回顧と反省の上に立って 日本経済復興協会, 1959. 日本再認識シリーズ
  • 現代の台湾 世界経済調査会, 1961.
  • 世界の見かた 論争社, 1961.
  • 『国策を考える』時事通信社・新書(1964年
  • 経済危機を見つめて 佐藤内閣への忠言 ダイヤモンド社, 1965.
  • 農業新政策の提唱 佐藤内閣への第二の忠言 ダイヤモンド社, 1967.
  • こうすれば日本はよくなる インフレ・不況を越えて新しい進路へ ダイヤモンドタイム社, 1975
  • 外国為替の話 復刻版 外国為替貿易研究会, 1978.11. 外為新書
  • 『当来の経済学』プレジデント社(1979年
  • 行革を考へる その「本番」の出発に当って 善本社, 1981.9.
  • 行革を考へる その2 (その「理念」と「手順」とについて) 善本社, 1982.4.
  • 日本経済の秘密 その活力の源を探る 潮文社, 1982.2.
  • 国の個性 アメリカも日本も、「国の個性」に生きよう、世界の国々もみな。 プレジデント社, 1986.12.
  • 二つの決断 「よりよき日本」に成るために プレジデント社, 1990.2.
  • 僕の自画像 善本社, 1991.12. 善本選書
  • 木内信胤語録 三人会編. 警備科学研究所, 1994.12.

共編著編集

  • 変りゆくアメリカ 監修. 世界経済調査会, 1953.12.
  • アメリカ農業の研究 市橋靖子共著 世界経済調査会, 1965.
  • 南アジアの研究 編著. 世界経済調査会, 1976.
  • 西アジアの研究 編著. 世界経済調査会, 1981.10.
  • 私の履歴書 文化人 20 日本経済新聞社, 1984.7.
  • アメリカ経済危機の本質 世界経済調査会共編著. プレジデント社, 1985.11.
  • 当来の世界秩序を模索して 木内信胤先生米寿記念 世界経済調査会編. 行人社, 1986.12.
  • エロスとの対話 女は男を知らず、男は女を知らない 田中喜美子共著. 新潮社, 1992.7.

翻訳編集

  • 世界経済入門 A.J.ブラウン 監訳. ダイヤモンド社, 1960.

脚注編集

  1. ^ 木内信胤氏追悼(外部リンク参照)
  2. ^ 外国為替管理委員会令(昭和24年政令第353号)

関連項目編集

外部リンク編集